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もう届かない①【短編小説】

3月8日午後11時59分。

普段この時間に連絡なんて来ないが、俺は一分後に携帯が鳴ることを確信している。

ベッドの上に置いてある携帯電話を凝視する。

部屋の壁際に置いてある時計の針の進む音だけが聞こえてくる。

俺は一秒ずつ数えていた。57.58.59・・・。

3月9日午前0時に着信が来た。

携帯を取る。
ディスプレイには山岸 里桜ヤマギシ リオと表示されている。

直ぐに通話ボタンを押して電話に出たい衝動に駆られるが、焦ることはない。
きっちり、30秒待て。それが、落ち着いた男のやるべき事。

30秒後、電話に出た。

「もしもし?」

すると、クスクスと山岸の笑い声が聞こえてくる。

「なんだよ」

『ごめんごめん、寝てた?』

「まぁ、ちょっと寝てた」

そう言うとまた笑う。

「だから、何だよ」

『知ってる?谷口タニグチ、毎年きっちり30秒後に電話に出るんだよ』

そう言われて顔が熱くなるのを感じた。
何だか凄く恥ずかしい。

『いやぁ、ごめんね。毎年夜遅くに』

「本当だよ。毎年よく忘れずにかけてくるよ。一年に一度の事なのに」

『約束したからね』

「まぁ、言ったけどさ」

何でこの日なのかは未だに謎だが。

『今年でもう3年だね』

もうそんなになるか、とカレンダーを見る。高校を卒業してから3年。
俺は大学生に。そして、山岸は専門学校に行った。

『谷口は、最近どう?今年も留年せずに順調?』

1年ぶりの電話で聞く近況として、最近どう?は変な感じがするが、順調だよ、と返しておく。

「山岸は?専門学校ってことは、来年には卒業か」

『そうだよ。良く覚えてるね』

弾む声が電話越しから伝わる。
そういう俺の声も、きっと弾んでいることだろう。

約一時間電話をした所で、『もうこんな時間だね』という山岸の声がした。
毎年、一時間で電話は終わる。

「あ、じゃあそろそろ」

『うん。あのさ、谷口。明日暇?』

予想外の問いに、思わず「え?」と間抜けな声が出てしまう。

「明日って、今日?」

『何、その質問』

また楽しそうに笑う山岸の声。それだけで、心臓の鼓動が早くなるのが分かる。

「いやだから、9日なのか10日なのか」

『明日は明日でしょ。9日の明日だから、10日』

ややこしいな。いや、確かに日付で言うとそうなのだろうが。

『本当は今日が良いんだけどね。ちょっと私が用事あって』

「俺の用事はお構いなしか」

『え、だってさっき暇だって言ってたじゃん』

確かに言った。優秀な俺は大学での必要単位をもう取っており、4月までは学校に行く必要は無い。短期バイトも先日終えたところなので、暇という言葉に嘘はなかった。

「明日の何時?」

『そうだな、夜の7時。場所は高校の近くにあったファミレスで』

「分かった」

『それじゃあ、また明日』

いつもなら、また来年という言葉が、今年はまた明日になっている。
それが、たまらなく嬉しかった。

電話を切ってからも興奮は冷めなかった。
俺は直ぐに高校時代の友人である亮介リョウスケに電話を掛ける。

スリーコールで亮介は電話に出た。

『何だよこんな時間に』

ガヤガヤと周りから会話している声が聞こえてくる。
お待たせしました、という店員らしき人の声。
どうやら店の中にいるらしい。

「馬鹿、夜は日が変わってからが本番だろ」

『酔ってんのか?』

俺のテンションの高さに戸惑いつつも、どうした、と亮介は聞いてきた。

「それがさ、明日山岸に会うことになったんだよ」

『山岸って、あの毎年電話が掛かってくる山岸?』

「その山岸」

『高校生の頃、マドンナ的存在だったあの山岸?』

「だから、その山岸」

『そんな山岸と、卒業アルバムで同級生から、こんな人居た?って言われていたお前が、デート?』

失礼だな。そこまで影は薄くない。いや、確かに目立つタイプではなかったが。

「デートって言う程じゃないけど」

『二人で会うんだろ?それはデートだ』

そう第三者から言われると、ますますそんな気がしてくる。

「やばい、俺、服がない」

『買いに行け。そして、その暑苦しい髪も切りにいけ』

「金が・・・」

『何言ってんだ。気持ち悪いくらいの節約家だろ』

「節約しなければいけない程の家庭状況なんだよ」

家は貧乏だ。母は中学生の頃に病気で亡くなった。その後、父は男で一つで俺と妹を育ててくれた。

大学生になり、特待生として学費も免除され、加えて給付金も入ってくるため家はそれなりに暮らせていけているが、それでも貯蓄に回さなければいけない。

『家のために、勉強もアルバイトもしているお前が少しくらい自分のためにお金を使っても罰は当たらねーよ。何なら金貸してやろうか?』

「いや、それはいい」

『トイチで』

「いつから悪徳業者になった。余計に借りない」

元々、友人から金を借りたくはない。
父に頭を下げ、少しお金を出して貰おう。

そんな風に考えていると、亮介が電話越しにいる男と会話をしていた。

『え、そうなの?』
あくまでも噂だよ、という声が聞こえてくる。
何の話だ、と思うと同時に電話が切れた。

「なんだよ」

通話が切れた携帯電話を見つめる。
すると再び掛かってきた。

「おい、いきなり切るな」

『悪い悪い』

全く悪びれた様子がない亮介は、『おい、明日山岸と会うんなら、きちんと想いを伝えろよ』といきなりそんな話をしてきた。

「なんだよ急に」

『いいから、そうしろ。お前はずっと、奥手奥手だったからな。俺が卒業式の時に告白しろって言っても聞かなかった』

それはそうだろう。分不相応。お前だって、そんな風に言ってたじゃ無いか。

『自信を持って、伝えろよ』

「まぁ、やってみる」

『健闘を祈る。我ら庶民の希望』

そんな風に冗談めかして電話を切った。

とりあえずは、明日の朝仕事に行く前の父に交渉をしよう。

そう思い、ベッドに入った。


初めて一話完結ではない話を書いてみました。

もしよろしければ、続きもご覧頂けたら光栄です!

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