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はみ出し者たちの旅

「ははははは」

学食から聞こえる笑い声は、嫌だという気持ちを通り越して、恐怖の対象だった。


私は2010年、第一志望の大学に合格し大学生となった。
将来就きたい仕事のマスコミに関する勉強ができるうえ、部活のレベルも自分にあっていた。
期待を胸に小田急線に乗り込んだ。

オリエンテーションなど一通りのイベントが終わり、部活で初めての春リーグが中盤を迎えたころ、徐々に自分の違和感に気づき始めた。

「お~環!」
「お疲れ!元気?」
「バイト漬けでつらいわ。全然勉強していない」
「え、そうなの?本末転倒じゃない?」
「いいのいいの、本当は早稲田とか行きたかったからさ」

ん?と思った。
早稲田にいこうが、ここにいようが、何かを学ぶために大学に来たのではないか、と。

今となっては、大学を卒業しないと就職できない企業があり、そもそも”良い企業”に入らないと生活が苦しい社会制度がおかしいのではないかと、視野を広げて考えることができる。
ただ当時は、相手の語る言葉をその通りに受け取って、違和感を持つことしかできなかった。

また別の日。

「ねえねえ環、出身どこだっけ」
「俺?どこだと思う?」
「青森とか岩手だろ?」
「東京なんだけど笑」
「洋服」
「ああ、古着だから?」
「そういうことか笑」

流行っていたティンバー○ンドのブーツ(?)を履いた同級生は、私のファッションセンスを指摘して笑ってきた。
センスは自由だが、自分のやりたいファッションさえも受け入れてもらえないんだなと苛立っていた。

大好きな下北沢で買ったお気に入りの古着が、なぜこんなに馬鹿にされないといけないんだ。
そのあと、新品の服を買うようになったが、なんとなく気に入らずに着ることをやめてしまった。

だけど、私はなかなかに往生際が悪い。
どんなに違和感を持っていても、「きっと仲良くなれる」と信じていた。
部活がOFFシーズンになれば飲み会にも顔を出したし、休日に海や洋服を買いに行ったりした。
それはそれで楽しかったが、特筆するものは何もなかった。

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長くは続かず、ついに糸は切れてしまった。
簡単にまとめてしまえば、人間関係にあきれたのだった。

授業前に同級生から言われた。
「AとBいるだろ?あの2人付き合ったらしい。CがBのこと好きって周りに言っていたのにな。3人とも同じ部活だから大変だろうな。まあCはブスだから仕方ないか笑」

ぷつん。

雨の中庭で、同級生がふてくされていた。
「もう俺は無理だよ。ブスだし、面白くないし。ファッションだってあいつらより頑張っているのに、馬鹿にされる意味がわからない」

ぷつん、ぷつん。

「ああ、あああああ、もういいよ」
「おい、環待てよ」

同級生の声を背に、私は部室へと向かった。
もう同級生とは距離を置くと決めた。


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震災を経て、さらに私は先鋭化していった。
「明日死ぬかもしれない。きょうを全力で生きる」
そう胸に誓った。

部活では行動を徹底するようになった。
シーズン中は飲酒をしたり、夜更かししたりせず規則正しい生活をする。
対戦相手を研究し、自分たちのデータも取って練習メニューを組み立てる。
文武両道を守り、授業もまじめに受けるようにした。

チームは強くなった。前年に下部リーグへ降格していたが、リーグ3位まで上り詰めた。
学校の成績もぐんとあがった。
4段階評価で、オールCだった私は、ほぼすべてがAになった。
授業で同級生たちと顔を合わせてもあいさつ程度で、前の席を陣取った。

成功しかけていた私だったが、寂しさもあった。
SNSには同級生同士で海外旅行に行ったり、バイト先の人たちとお祝い事をするような投稿がたくさん流れていた。
バイトでもなんとなくなじめなかった私にとって、大学生の笑い声や視線は、そんな寂しさを増幅させるもので、恐怖の対象でしかなかった。

自意識で押しつぶされそうになる時、「明日死ぬかもしれない」と自分の命を天秤にかけて戦っていた。


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「あ~環さん!元気~?」

先鋭化する私に声をかけてくれる同級生が2人いた。

1人目はトモ。入学式に真っ黒なドレスと金色マッシュルームの髪型で来た彼女は身長165センチで、いつも10センチほどのヒールを履いていた。

髪の毛が赤色になったり、緑になったりコロコロ変わり、クラスの注目の的だった。いつもニコニコしていて、どんな人たちにも明るく話しかける。男子にいじられてもうまく乗っている姿は、なんというか、たくましかった。

バスケサークルに所属し、SNSの更新も活発。アニメや漫画も好きで、幅広い人たちと接していた。人付き合いのうまさはとびぬけていた。

トモは、なぜか私を気に入ってくれていた。

「環さん、たばこ吸いに行くから一緒に行かない?」

セブンスターの煙を吐き出しながらトモはいう。
「マジ疲れたわ。本当に。大好きな友達ももちろんいるけど、表面的でつまらないことも多い。男子のいじりもちょっと…ね笑」

同じ違和感を持っているんだなと不思議だった。
うまくやっているトモが違和感を持っているなんて、想像もしたことなかった。

「え、そうなの?みんなと仲良くしているから学校を楽しんでいるのかと思った」
「まあね~もちろん大好きな友達もいるよ。だけど、環さんとこうやって喫煙所でしゃべっているほうが落ち着く」

私の心の糸が結びなおされる感覚があった。


2人目は純。音楽をやっている男の子だった。
口数がそこまで多くなく、あまり多くの人とつるむタイプでは無いと思っていた。
男子のグループからは一定の距離を保ち、3か月に一度くらい飲み会に来て1次会で帰るようなやつだった。

「おっす。ここ座っていい?」

私が前の席を陣取るようになってから、隣の席に来ることが多くなった。
純はすごく勉強を頑張っているというタイプではなかったが、前に来て授業をちゃんと聞いていることは多かった。

「最近前にくること多いね」
「え?環もじゃん」
「まあ、勉強ちゃんとやりたいし、目が悪いのもあるからな」
「おお、マジか。笑 俺は後ろのやつらとあまりうまくできないから前来たわ笑」

あら、純も私と同じ違和感を抱えているのかしら。

前の席で顔を合わせるようになった私たちは、何気なく話すようになった。サークルや部活のことをぽつりぽつりと話していた。純のことを、苗字ではなく名前で呼ぶのはクラスで私だけだった。

また一つ、私の心の中の糸が結びなおされていった。


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3年生になると、クラスが6つのゼミに分かれる。
希望に応じて振り分けられるが、人気の無いゼミが2つある。
理由は単純で、教授が厳しく、やることが多いからだ。

同級生たちはお互いに根回しをしながら、希望のゼミに友達と入ることだけを主眼に置いていた。

私は人気の無いゼミのうちの一つ、元新聞記者の曲者教授がやっているゼミを希望していて、周りの同級生が私の希望ゼミを聞くと安堵して離れていった。

私は同級生たちと違う動きをしすぎて、そもそも同じゼミに誰がきそうかという予想すら立てられずにいた。
「自分の進路をほかの人と一緒に決めるとか意味わかんない」と思っていて、特に誰にも聞かなかったというのも理由の一つだ。

ゼミの初めての授業の時、教室にそろった6人を見て笑ってしまった。

トモと純がいた。
お互いがいることをなんとなく予想はしていたものの、実際にいることに驚き笑っていた。

他には、クラス内の男子で一番まじめな演劇部の荒井さん。
バイトしすぎて留年しそうな悠里ちゃん。
漫画やアニメが好きな藍子さん。

クラスのはぐれものオールスターだった。

教授も変わっていた。
「何かを教えるというより、自分の好きな研究をやってください。マスコミのことじゃなくてもなんでもいい。それをみんなで検討して、アドバイスもするけど、自由にやるよ。あと、ゼミ合宿で長野行くからね、よろしく」

全員が一瞬、ポカーンと口を開けた。
でもはぐれ者たちは、お互いの空気を読むことなく、コミュニケーションを取り始めた。

「それアニメとかでもいいっすか?」
「えーめっちゃいいじゃん」
「私何にしようかな、なんでもいいとか逆にこまるんですけど」
「ファッションにしよ~」
「長野ってなにやるんすか」

しゃべるしゃべる。

誰もなんの忖度もなく、教授も雑談に加わる。
大学の中で、初めて違和感を感じることがなかった。
居心地の良い場所がこんなところにあるのだなと思った。


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私たちは一緒に旅をすることが多かった。
でも旅といっても、普通の旅行ではなく、ゼミ全体で勉強をしに行くものだ。
長野、東日本大震災で津波被害のあった宮城、沖縄。社会を見るために、足を運んだ。

そこでも議論は活発だった。

沖縄に行った時、米軍基地に反対する人たちのドキュメンタリーを見た。
それぞれに胸を打たれたこと、逆に違和感をもったことを共有しあった。

教授から促されたとか授業としてではなく、帰路にお互いが感じたことを共有していた。

「さっきの米軍基地の問題、たしかに米軍の勝手な行動はおかしいけど、反対運動に関してもおかしいところない?」
「わかる。強硬に反対をするだけして、なにか理路整然としたものを感じた」
「でも、あそこまでやらないと伝わらないという面もあるよね」
「県外の人たちしかいないのはちょっと疑問だったけどね」
「でもこの問題は沖縄だけじゃないし」
……

みんなが意見を言い合い、それでも特にお互いを否定するわけではなく議論が深まっていった。

はぐれ者たちは相手の顔色だけを気にするわけではなく、自分の意見をぶつけ、相手の意見も聞く楽しさを知っている人たちだったのだろう。

それがたとえ多くの人に煙たがられても、自分の生きる道をしっかりと歩み続ける覚悟がある人たちのなのだと思った。


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社会人になってからも年1回は飲み会を開いて互いの近況を報告し合っている。仕事柄、なかなか顔を出せない私だったが、久しぶりに顔を出した時、純が私の服を指さして言う。

「わ~~~~、環っぽいな~~~~、お前最高だよ」

トモも声をあげる。

「環さんじゃん!会えただけでうれしい」

人を否定したり自分と比較したりするようなことをせず、相手を受け入れ自分の意見をいう彼女ら彼らとは、今後も会い続けるだろうなと感じた。


クラスのはぐれものだった僕らは、お互いを認めあい、旅を重ねたことで、人を尊重することを学んだ。

それは決して誰かに教えられたことではなく、自分たちで試行錯誤した結果だった。

この仲間たちは、また新しい環境でマジョリティからはぐれてしまったとしても、旅を続け、自分の居場所を作っていくのだろう。

<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社に入社。その後シェアハウスの運営会社に転職。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(美香談)という自覚があったから。
▽太は、私が死ぬほど尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽将来の夢はシェアハウスの管理人。好きな作家は辻村深月

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