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あざとさは運命を連れてこない

その人と知り合って初めて一緒に夜を超そうとしていた時、「運命がよかった」と思った。でも「”が”」と思っているのだから、運命じゃないということもわかっていた。悟ってしまった自分の心に目をつぶってしまいたかったがそれはできないんだろうなと思いながら、ベッドから見上げたエアコンの形を無駄に覚えていたりする。

金曜日の夜だった。仲良くなった岸辺くんは二つ年下の男の子。一番好きなアーティストはaikoという共通点があった。
最新曲から10年以上前に出たシングルにしか入っていない曲まで知っていて、高校生ぶりに、同じアーティストを同じ温度感で好きな人に出会えたなとほくほくした気持ちでいた。
居酒屋ではひとしきりaikoの話題で盛り上がり、「他の人とカラオケに行くとなかなかaiko歌えないよね」なんて話しながら、カラオケに入ってaikoを熱唱した。
心が緩んだことを互いに確認し、私がホテルに誘うと岸辺くんもまんざらでもない笑顔を浮かべて頷くのだった。

順調な部分を書いたが、一つのことに猛烈に引っ掛かりを覚えていた。
その場ですぐに言語化できなかったが、引っ掛かりを覚えていた部分は岸辺くんの「あざとさ」についてだ。

2020年、TiktokをはじめとするSNSなどで「あざとい」という言葉が流行し、その言葉が入ったテレビ番組まで作られた。
「あざとい」とは元々、ずる賢い抜け目ないという意味だったが、最近では計算された仕草や表情を指すことが多いという。SNSが発達し、セルフプロデュースが重視されている現代っぽい現象だと感じる。

岸辺くんは世間一般的に可愛い男の子だ。
眉毛やひげを綺麗に整え、化粧水で潤った肌は適度に白い。にっと笑った笑顔にはエクボができる。
いい匂いの香水をつけ、服装も程よくカジュアルで馴染みやすい。こちらを見るときにも上目遣いを下品にならない程度に遣い、褒められて「にひひ」と笑う姿も愛着が湧く。
仕草や容姿、身につけているものが適度で、完成されている岸辺くん。
彼のツイッターを一度覗いたら、自分の可愛い角度をわきまえているようで、同じような角度から撮った服装や髪型が少しずつ違う自撮り写真が並んでいた。あざといとしか形容できない彼が、理想とする可愛い像がそこにあったのだ。

ただ、話す内容は少し退屈なのである。
実家で悠々自適に暮らしながら、「あまり興味がない」という仕事に就いている。休日は友達とカフェに行ったり、出かけたりしている。友達と話す内容は「特に覚えていない」というくだらない話をしているとのこと。aikoのライブ以外は強く思い入れのある趣味はないので、適当に映画を見たりするという。お金が溜まったら一人暮らしをするのが夢だが、実際はそこまで気合いを入れて貯金をするわけでもなく、いつかしたいな〜なんてことをぼんやり考えているだけだそうだ。将来の夢も今の所は特にないという。

免罪符になるわけではないが、岸辺くんの生活や思考を否定するつもりはない、と言っておく。ただ、はっきりと私は「つまらない」と思った。完全に価値観が異なっているなあと。

友達に岸辺くんとのことを話していて、気づいたことがある。
人は選択肢を与えられた時、「あれが好き!」と能動的に選ぶこともあれば、「こういうのは嫌だなぁ」と消去法で選ぶこともある。
岸辺くんの選ぶ様々な人生の選択は、私が「こういうのは嫌だなぁ」と捨ててきた選択肢である場合が多く、彼に違和感を持ってしまったのだ。
例えば、やりたいことの実現ではなく生きるために仕事を選ぶこと。
例えば、目的もなく過ごす休日。
例えば、記憶に残らない、残さないような友達との会話。

岸辺くんに質問をしたり、自分の話もしてみたりしたが、岸辺くんが私に対して強く興味を持ったり、惹かれたりしているのかは行動からは読み取れず、ニコニコと笑いながら聞いているだけだった。つまり受け身である姿勢を崩さなかったのだ。

そして極め付けの一言。
「僕、あんまり自分から積極的に誘ったり、アプローチしたりできないんだよね。だから環くんみたいにお店決めてくれたり、遊びを考えてくれるの嬉しい」。
岸辺くんは私をおだててくれているのかもしれない。本当は喜ばしいことなのかもしれない。
ただ、彼の一言をもって私と岸辺くんの関係は、私から連絡をしないと、質問をしないと、リードしないと成立しない人間関係となった。

岸辺くんの「あざとさ」は、自分を愛してもらうための呼び水でしかない、と思った。それは自分を愛してもらえればそれでいいという横柄ささえも感じてしまう。

私が親友の行天・桃香・美香から学んだことは、人間関係は恋愛か否かにかかわらず、双方向なものであるということだ。私がただ強く思っていてもダメ、逆に相手が私のことを強く思っているだけでもダメ。そしてそのバランスが、矢印が、お互いに均衡になったときに濃い人間関係は初めて成立するのである。

そして人の気持ちは誰のものでもなく、自分だけのものだ。だから、誰かに言われて気持ちを曲げたり、他人の気持ちを操ることはできないし、やってはいけないことなのだと思っている。

ただ、気持ちは偽れないから、操れないからといって、日時や場所を約束して会っている以上、向き合おうとする気持ちを投げ出したり、相手に任せっぱなしにしたりするのはダメだと思う。
スタートラインに立ってみてからダメだと気づくことと、スタートラインにさえ立たずにダメだと投げ出してしまうのは、同じ結果に見えても全然違うことなのだ。


その後、岸辺くんとはもう一度、一緒にご飯を食べて夜に泊まってみた。
隣にいるときの岸辺くんはとても可愛い。美味しいものをパクパクと食べる横顔も、目を見て笑ってくれるときにできるエクボも、振り返って見つめてくれたその瞳も全てがかわいかった。そして彼が演出する彼は、寸分も違わず私の心をときめかせるのだ。

ただ、話したことはあまり覚えていない。将来の夢とか人間関係とか仕事とか、一通りの話題は振ってみたものの情熱や意思を感じることがなく、心が乾いていくのを感じてしまった。あまりメンタルが強くなく、敏感なところもあるため疲れやすい人なのだということはわかった。まだ決めつけたくはないが、人間関係を築いていくのにはかなりの時間がかかりそうだ。

家に帰ってから思い出すのは、岸辺くんの笑顔でも瞳でもなく、あのホテルでみた無機質なエアコンの形だけだった。私は思った。
「運命がよかったな。もし運命なら今、家を飛び出して彼に会いに行ったり、次に会う約束をどちらからということもなく取り付けていたり、何時間も電話をしたりしているのに。盲目になれるのに」
LINEを見てもそこには彼が設定した可愛いアニメキャラのアイコンが見えるだけだった。向こうからのメッセージはない。

さっき、岸辺くんとの関係を決めつけたくないと書いたばかりだが、バランスが傾いた人間関係はきっといつか破綻するのだろうなと薄い失望感が頭の中に漂ってしまっている。

家族も友達も恋人も、全部そうだろう。
その傾いたバランスを修正することはできるが、修正する作業は関係するみんなで一緒にするものだ。その作業に参加してこようとしないやつはもうダメなんだ。人間関係は一方通行で成り立つはずがない。

aikoが一番最近出したシングル「食べた愛/あたしたち」に「列車」という曲がある。岸辺くんを思い出した。

私は岸辺くんのことを忘れてしまうのだろう。
あざとさはトキメキを生んでも、運命を連れてくる武器にはならないのだ。

<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社に入社。その後シェアハウスの運営会社に転職。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(美香談)という自覚があったから。
▽太は、私が尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽好きな作家は辻村深月


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