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悪の行方は知れず、正義は存在しない
時代がそう要請するからというありきたりの回答しか用意できそうにないのだが、どういうわけか、この春この国では、単純な二項対立ではとらえきれぬ曖昧な色合いを帯びた、しかしはっきりおもしろいといってしまいたくなる2本の映画が公開されている。『正義の行方』(木寺一孝、2024)と『悪は存在しない』(濱口竜介、2024)がそれらにほかならない。
『正義の行方』は、1992年に福岡県飯塚市で起きた女児二名殺
『ケンとカズ』(小路紘史、2015)
まず、テンポがいい。小競り合いからエンジンギアを入れて襲撃に至る開巻から明らかなように、登場人物をただでは済ませておかぬ騒ぎは常にすでに起きてしまい、事態を必死に掴まえようと編集が重ねられてゆく。同時に、キャメラは構図よりエモーションを優先し(カサヴェテス)、俳優の表情が無二の輝きを放つさまを掬いとる。つまり、まさに今そこで立ち上がる感情がここには存在するのである。だが真に驚くべきは、駄目だと分か
もっとみる『すべての夜を思いだす』(清原惟、2024)
同軸の引きが多分10回程度あったと思うが、最も新鮮に映ったのは1回目のハローワークで、女性どうしが見る見られるの関係にあると示すものは並、そのほかはカットの動機が不明瞭だったように思われる(特に土鈴前での微妙な引き。さらに見上が玄関前でダイの母を待つ同軸は私にはダブりすぎに見えた)。同軸の良いところはポンとキャメラ位置が変わることで編集にリズムが生まれる点だが、こうも多いと持て余している感さえある
もっとみる『ショーイング・アップ』(ケリー・ライカート、2022)
巧いがライカートでは下の方かと思っているとラスト5分でしっかり感動させられる。創造の向こう側を見てしまい半ば白痴と化した弟が癒えた鳩を放ち、玄関口で大勢がその行方を見る(ドライヤー『奇跡』とブレッソン『ラルジャン』)。
他方、人が言うほどショットの作家ではないだろうという意識も離れない。むしろ編集のユルさこそが貴重と感じる。たとえば展示会場内の会話シーンに子供が鳩のテーピングを剥がすショットが唐突
山形国際ドキュメンタリー映画祭2023
YIDFF2023、今年も無事終了。はじめてタイムスケジュールを見たとき、「あれ、パッとしないのでは……?」と思ったけど、始まってみると充分贅沢なラインアップ。補助金カットによる予算減額、規模縮小の結果、前回から会場から市立美術館とレイトショーが減る。とはいえまあ前者はイベントホールにパイプ椅子だったから長居は辛かったのだがそれさえ懐かしい(現実の創造的劇化も見たな……。あと近くの500円刺身定食
もっとみる『バービー』(グレタ・ガーウィグ、2023)
ordinaryであること。案外穏当なオチだが、それだけにかえってアメリカ社会における〈普通〉とポピュリズムの根深さを痛感した。
いつだったか、渋谷PARCOで上映前に見かけた自社コマーシャル映像で、「なりたいあなたに」的なコピーを見て不愉快になった。だからas you areにも吐き気を覚える。あるがままの自分さえ「なりたい自分」になってはいまいか?そんなに主役にならなきゃいけないの?
『葉蔭の露』(ABCテレビ、1979年)
1979年11月9日放映、47分。
キャスト
緒形拳(西村松兵衛)、岸恵子(西村鶴)、阿木五郎、竹内照夫、今野鶏三、玉井孝(ナレーション)
スタッフ
演出:大熊邦也、原作:船山馨、脚本:野上龍雄、撮影:佐野吉保、小川宏充、西田健、沢田治、美術:野田和央、音楽:池辺晋一郎、プロデューサー:山内久司、仲川利久、進行:西川泰弘、技術:尾池弥嗣、音声:西谷高弘、音声:佐野乃武夫、音声:辻昭裕、効果:中村幸
『若き仕立て屋の恋 Long Version』(王家衛、2004)
ろくすっぽ見てないが世紀末の『花様年華』はやはり作家自身にとって画期だったと思わざるを得ない。なんせこの映画もIn the Mood for Loveである。
手技でヤられちゃったぼっちゃんと高級娼婦による階層のすれ違いだが、想像通り乗れない。人間が描けていないと言うのは簡単。じゃあ何が足りないのか、と聞かれると困るものの、無理やり捻れば王が何某かの変貌にちっとも興味ないところと言えるはずで、ふた