引用

「列車が動きだすと、私はようやくほっとしたが 「蒸発をするのは案外難しいものだな」と思った。それは現実の生身の役者が舞台へとび出し別の人間になりきるのに似ている。役者は舞台のソデで緊張と不安のあまり吐気や便意を催すという。しかし舞台は幕がおりる。蒸発は幕がおりないから演じ続けなければならない。 別の生を生きなければならないだが演じ続けることもやがては日常となり現実となるのであろう。そう解っていても私はもうとび出してしまったのだ。」
つげ義春「蒸発旅日記」、新版『貧困旅行記』所収、(新潮文庫、1995年、初出は1968年)。



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