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【創作大賞2024応募作】 Marshall 4 Season #11

【タイトル】
はなみずき


前回までのM4S


2024年4月7日。

Noobは、日曜日なのに学生服を着ていた。
今日は3ヶ月に一度の面会日。母親の美代子と会う。
4月、7月、10月、12月。

季節ごとに変わる成長期の少年。
いや、今やもう少年ではなく青年。

それを母にお披露目し、ささやかだが親孝行をする。

そうやってこの親子は細くとも強度を保つワイヤーのように愛を育んできた。

ただ、季節の変わり目というのは、非常に厄介な面もあり、精神的な疾患を抱えていても、抱えていなくても、心の浮き沈みが激しくなってしまう。

「母さん、会えるだろうか」

担当相談員 加藤の運転する車のなかで、Noobは、ぽつりと呟いた。

「ま、大丈夫だろ!」

気丈に振る舞う加藤も、内心不安だった。

国道41号線を南西に走り、水主町かこまちという変わった名前の交差点を、西に進む。

中川運河という大きな運河に沿って、舗装の荒い道をひたすら真っ直ぐ進む。

港区までの最短ルートで、名古屋港の観覧車に向かって真っ直ぐ、真っ直ぐ。

予定時刻の30分前に着いてしまったが日曜の遊園地で食べるソフトクリームは最高だ、と加藤が息巻く。

どんなに忙しくても、お茶目でグルメに対する情熱を絶やさない加藤がこの時のNoobにとってはなんとなく癒しだった。

「最近学校どうなの?」
加藤がくいっと眉間と唇を尖らせて質問する。

「楽しいよ。今は、うん」
「まあ、ついこの間始まったばっかだし。まだわかんないかな。正直」

確かにそりゃそうか、と加藤は口元をクリームまみれにしながら納得した。

           *

Noobは、4月2日の火曜日から新学年としての学生生活をスタートさせた。高校2年。満16歳。

恐らく、多くの人類が最高のコンディションとパフォーマンスを発揮できる無敵の世代。

にも関わらず、彼は長年、義父から受けた虐待や、学校でのいじめによって、自分という存在を受容することが出来ず、自信を持てなかった。

もちろん、外的要因や置かれている環境だけのせいでは無いのだが、その影響は大きく、計り知れない。

何せ、思春期なのだから。

次はいつどこで、誰にいじめられるんだろう。

そう思うと、静かに黙って、じっとしている事が彼にとって一番都合が良かった。

出来るだけ目立たず、陰日向に佇む。
それが彼なりの処世術だった。

いわゆる、『陰キャ』(※)だ。
※ 陰気なキャラ、地味な奴、の意。

彼のクラスは、2年1組。
クラスメイトの名前なんて見ずに、名簿の確認を3秒で済ませる。

「あっ、Noobと一緒だ!」
この声は、一ノ瀬 しずく
数少ない親友であり、唯一無二の幼馴染。

あっ、とまるで落下する林檎から世紀の大発見をした時のような感情で、胸がチクッとする。
雫と一緒のクラスなのか、と。
これが万有引力なのか、と。


清水シュハンは6組だってね」

そう雫が教えてくれた。

シュハンお得意の、チャットを駆使した"ゼロ距離攻撃"は防げないまでも、6組だけは物理的に一番Noobたちからは遠く、1階にあるクラスだった。

問題行動のある生徒が多い、と噂される例のクラス、らしい。

Noobは、シュハンを心から軽蔑し、畏怖していた。

だから、自らの生活圏で、シュハンが視界に入ることがほぼ無いだけ、まずは安心だった。

この3ヶ月、あれだけ酷かったいじめも、すっかりなりを潜めて、今じゃ平和ボケしそうなくらい気が楽にもなった。夜ぐっすり眠ることだってできる。



           *


1クラス30人。2年1組から6組まであり、6組は、25人と少ない。
それでも200人近くの若者が集まるというのは、少子化が嘆かれる今どきにしては、かなり珍しいような気がしてならない。

「ねえ聞いた?あの子って…」
「あー、アイツでしょ?なんか…」
「えっ!? マジ?親いないの?」
「バカ!…声がデカイって」

この時期行われる"通過儀礼"がこの国の社会には存在する。土着信仰か、教育政策に失敗したからなのか。はたまたデリカシーが無いだけなのか。

様々な価値観や思想、立場の違いに疎くなるのは日本が島国だからなのだろうか。

もとい、"自分たちとは違う"ことに対する拒絶反応が現れやすくなる4月。花粉症のメカニズムに似ている。

初体験は12歳の頃。中学1年の春。
小学校の頃の友達たちが「あいつは親が人殺し」、「あいつは施設の子」といった、恐怖新聞の如くネタをばら撒いたことがきっかけだった。

そこで早熟しすぎて腐りそうになって以来、もうこの通過儀礼に関しては、出来るだけ考えないようにして、感じないようにして、結局、世を恨むとげとして腹の内に宿していた。

目立ちたくなんて無いのに目立ってしまうジレンマ。陰に徹すれば徹するほど、皆の注目を集めてしまうレインマン。

『まるで特級呪物じゃん』
『#呪術廻戦 でタグ付く?』
『ざわつくクラス 呪い殺すかじゃあ』

無意識だったはずなのに、ペンがリリック帳を走りかけたので、慌てて斜線を引き、黒塗りにする。

           *


ガラガラっと教室の戸が開く。

「あ、どうも。皆さんはじめまして。あ、立たなくていいです。座ったままで結構」

わぁ。っと歓声とも悲鳴とも取れない謎の声があがる。

「この度、えーっと2年1組の担当教員になりました。谷口 康夫です。みんなには何故か"ジョン先生"って呼ばれます。古文漢文の教師なのにね。ははは」

今度は、「はぁ」とため息が聞こえる。落胆の原液で、何とも割っていない濃い目ストレートなため息。

谷口先生がジョン先生と呼ばれるのには、2つほど理由がある。

1つ目の理由は、
ジョン・レノンみたいな丸ぶちのメガネをかけて、ジョン・レノンみたいに髪が長いから。

2つ目の理由は、
ジョン先生がビートルズを敬愛していて、「ジョン先生」と呼ばれることにむしろ悦びを感じており、その悦び方がなんだかアイデンティティで、コスプレイヤーとそのファンが抱く信仰心と似ているから。世界観を保全しようとしているから。

それが主な理由だった。

若い頃、矢沢永吉や長渕剛に憧れ、ギター1本で上京したものの、東京駅を降りてから道に迷い、皇居外苑あたりで職務質問され、「ジョン・レノン風の不審者」と、無線連絡をされたというエピソードを本人から聞いた。

曰く、そこで成り上がるよりも愛を歌おう、と一念発起。

そこから、音楽でもなければ英語でもない、古文漢文の教師になったらしい。
異色すぎる。京大出身者は。
やはり…いや、学歴は関係ない。変わっている。

           *


ジョン先生のことを知っていたし、慕っていた。

文章能力の高さを認めてくれた初めての大人。

「あるテーマやトピックについての観察的思考の鋭さや、彼のなかにしか無い独自性を、文章の節々に感じる。何より、彼は言葉を愛している」と。

先生は、ちゃんと見てくれていたのだ。変なレッテルや、くだらないイメージに囚われず、Noobという人間の持つ可能性や強みを理解してくれた。

そんなこともあって、Noobは、高校1年の頃、ジョン先生の授業だけは人一倍集中して真面目に受けた。その甲斐あってか、古文漢文の成績は、県内学力テストでもベスト10入りするくらい高かった。

国語の成績は、なんと2位。
好きこそ物の、を地で行くタイプだった。

「えーっと、次がNoobくんだね。お、キミは10月9日が誕生日なのか!こりゃ驚いた。ジョン・レノンと同じだ。偉大な作詞家だな、やっぱりキミは」

これにはNoobも少し驚いた。雫もびっくりしている。単なる名簿と座席確認の時間のはずが、思わぬ吉報と邂逅したからだ。


           *

しかし、いいニュースと悪いニュースの1セット、というのが、新学期や新生活には付きものだ。

「はい、じゃあ皆さん改めて宜しくお願いします。」
「えーっと、ここからは9月の"文化祭"について色々決めていきたいと思います」

不味い予感がする。
Noobの野生の勘が「ヤバイ」と言っている。

「えーっと、うちのクラスからも出し物を用意したいんですが、良いアイデアがある方は…」

皆俯いて、目線を下にずらし、議題から顔を逸らす。


自分の意見を言うことが、まるでとんでもなく悪いことのようにすら感じられる。

他者を排斥する"通過儀礼"に続く、謎の悪習だ。
何故かついついそこに加担しがちに生きてしまうから厄介だ。人は大人も子供も、弱い。


ジョン先生も、一瞬、口をへの字に曲げてから、その刹那、すぐに苦笑いして誤魔化した。

「まあ…考える時間も必要か。急に難しい質問をして申し訳なかったですね…」と残念そうにしている。


「…あのぉ〜」

そう言って、言論の自由を奪われた全体主義国家集会 a.k.a またの名をホームルームに向かい、自らの意見を述べようと手を挙げる者がいた。

たちばな 美咲みさき

雫の親友であり、クラスの、というかこの学校全体にとってのマドンナ。そして革命が生き物ということを証明した勇敢なジャンヌ・ダルク。


「カフェとかじゃダメ?」


           *

良いに決まってるだろ、あなたが言うならカフェじゃなく屠殺場とさつじょうでも良い、と皆が熱い視線を送っている。

Noobは別の理由で、いいぞもっとやれ。と、橘の云うカフェという案を支持していた。

カフェなら地味なままでいられる。

ウェイターや案内役は、きっと雫とか橘みたいな華のある人間がやる。

自分はバックヤードで段ボールを潰して畳んだり、厨房で発生したゴミを纏めて、コンテナに入れたりする役に徹することが出来る。

そう考えて、カフェ案を推した。


                                       *

カフェ案は見事採用され、誰が何をやるか、つまり役割分担が始まった。


「あたしパフェ作る!」
「コーヒー淹れる!」
「あー…んじゃオレ看板作るわ」
「ユニフォームTシャツをデザインします」
「えー…じゃあ可愛いチラシ作る」

「ボ、ボクは…ゴミを捨て」

「悪いみんな!俺ら、ステージで踊るわ!!」


え!?

皆、その発言に対して同じようなリアクションだったと思う。

状況を静観していたジョン先生も「おや?」と若干困惑している。

何より皆、Noobが何をやりたいのかなんて聞いちゃいない。

ダンサー志望のユウキ・美穂・ごっつんの3人は、ストリートダンスに明け暮れ、全てを賭けている。

10月の『Battle Style Session』(以降『BSS』と表記)に向け、半年前の今から練習に集中したいし、振り付けや、バトル用の連携技により磨きをかけたいとのことだ。

Sunny the Geneticsサニーザジェネティクス』(以降『Sunny』と表記)というチームに所属していて、ユウキたちは一番若手のメンバーだった。

「10月に全てを賭けたいんだ。だから、9月までには振り付けやコマンド(※)を自分の物にしておきたい。

もし許してもらえるなら、体育館のステージでショーケースをやって、1組カフェのTシャツ着たり、フライヤーを配る。

もちろん、ショーが終わったらステージから口頭で宣伝もするし、カフェの手伝いもする。」
※ルーティン、連携技の意味。

眩しいほどに青春してるわ、誰もがそう思った。

その輝きに憧れて背中を押したくなった。
応援したくなった。

Sunny the Genetics太陽の遺伝子たち
なるほど、名は体を表すか。

「全然いいよ!」
「えー!超いいじゃん、頑張って!」

概ね、そんな感じで上手くまとまった。
とても良い。

「先生も凄く良いと思います。みんなが自分らしく協力できれば、それで良いと思いますよ。うん。良いクラスになりますね、きっと」

Noobも、本当にそんな気がしてきた。

「で、Noob君、キミは何をやりたいのかな?」

ジョン先生が、急に怖く見えた。顔をやや下に傾けて、丸ぶちメガネから両眼を上目遣いして、目線だけでこちらの回答を伺っている。

皆もこちらに視線を向ける。マズイ。やめてくれ!

「えっと…ボクはゴミを集めたり、」

「これは一つ提案なんだがね、きみもステージに立ってみてはどうかな。僕は知っている、きみの書く詩や文章が、とんでもないパワーを秘めていることを。だからそのパワーを、皆のために使っていただけないだろうか。」

またしてもカットイン、しかも相手はジョン先生。
続けてこう言う。

「ダンサーさんたちのパフォーマンスを円滑に進めたり、カフェの宣伝を請け負う、"MC"なんてどうかな。司会進行の流れや、宣伝文はきみが考えてきて、それを来月のホームルームで発表する。どうかな?」

この教師は、可愛い子に旅をさせようとしている。
雫が嬉しそうに、何度も何度も頷いている。

皆も、特命を受けた彼に一目置き始める。
「なんか…かっけえな、MCって」
「よくわかんないけどイイじゃん頭良さそー!」
そんな声も聞こえてきた。

「えっとー、Noob!俺からも頼む!」
大きな声ではっきりと言い、頭を下げるユウキ。

そんなこんなで、断れなくなってしまった彼は、MCに抜擢されたのであった。

『ま                物じゃん』
『#呪術廻
『ざわ                   じゃあ』


『頑張ってみようかな、文化祭。』


消し残しはあるが、Noobは自分の意志で、ステージに立とうとリリック帳に記した。

           *

           *

           *

2024年4月7日 14:50
名古屋港シートレインランド

あと10分で母が着く。
待っている時間というのは、とても長く感じる。
学生服の襟を正して、持ってきたリリック帳を何度も何度も読み返している。

「あっ、居ましたよ美代子さん!」
そう言ってこちらに手を振るのが、ソーシャルワーカーの寺田。小さく線が細い割りには、声が良く通る若々しい女性だ。


「久しぶりだね。元気してた?」

美代子は、やさしい笑顔で小さく手を振ってくれた。



            *



時間というのは、まあ語らずともわかることだが、良い時間ほど、早く過ぎてしまう。


Noobは、Marshallという猫を飼っていること、レコードに針を落とすとジリジリっと音が鳴ること、今読んでいる本が面白いこと、雫と同じクラスになれたこと、担任の教師がジョン・レノンみたいな風貌だということ、それから、9月の文化祭でMCをすること等を夢中になって、美代子に話した。

美代子はそれを「うんうん」とやさしく頷いて、嬉しそうに聞いていた。
時折、瞳を拭ったりもしている。

「あとね、」

Noobは、学生服の内ポケットに手を伸ばした。

「これボロボロだけどちゃんと今でも使ってるよ。」
そう言って、リリック帳を美代子に渡した。

皮で出来たハードカバーは、すっかりクタクタになっていて、全ページしわくちゃで、付箋が貼ってあったり、破れた箇所が補修してあったり、裏面が無印刷の広告チラシで、新しいページが付け足されていたりする"特注品"だ。

「これさ、もうこれ以上使い続けると、可哀想だと思ったから、あげるよ。暇なときとかに読んで!」

愛する我が子からの、突然のプレゼントに、美代子は耐えきれず涙を流した。

その姿には、同行していた寺田も、もらい泣きしてしまった。

加藤に至っては、映画『ロッキー』のラストシーンぐらいの声量で「エイドリアーーーン!!!」ではなく「来て良かったーーー!!」と泣き叫んでいた。

これには、Noobも美代子も寺田も、思わず笑ってしまった。

別れ際、美代子はやさしい声色でこう告げた。
「あなたはあなたらしく、あなたの歌を唱いなさい。」

内気なNoobも、何故かその言葉には、真摯に向き合えた。

           *

その日の夜、Noobは今日あったことを全てMarshallに話した。

Marshallは、「…良かった」と静かに呟き、Noobの顔に、自らの小さな顔を何度も何度もすり寄せた。

しばらくしてから、語りはじめた。唐突に、とうとうと。

「俺もお前と同じくらいのころ、親元を離れてニューヨークで暮らしていた。と、云っても幼すぎたから、日本人学校の学生寮に下宿をしていたんだ」


今まで、音楽のことしか語って来なかったMarshallが、自分の身の上話をしてくれている。
Noobは思わず、姿勢を正して、聞く体勢を作った。

「そこで、ある寮母さんと出会った」


          *


──1988年12月某日。

場所は、マンハッタン島の南東部。
ロウアーイーストサイド。
当時は人間で、18歳だったMarshallは、学業なんて二の次、三の次で、HIPHOPに夢中だった。

何者でもない自分が、成り上がって、持たざる者の自分が、唯一勝てる方法。

それがHIPHOPだと、直感で確信したからだ。

朝から晩まで、レコード店に入り浸り、夜になればクラブで、当時の最先端を五感全てで感じて生きていた。
最高にクールで、それでいて土臭い。

「苦労人たちの声を俺も代弁したい!」

そんなことをいつも夢見て生きていた。
だから、足元なんて見ちゃいなかった。
結局は自分のケツの拭き方も解っちゃいない。
ただのガキだったのさ。

ある12月の夜、寮母さんは死んだ。
撃たれたんだ。
撃たれてすぐには死ななかったが、二週間後に亡くなってしまった。
俺の帰りをずっと待ってくれてて、いつもより管理人宿舎に戻る時間が遅れた。だから…

テーブルに置かれていた俺のリリック帳の横には、具沢山のシチューが盛り付けられた皿と、置き手紙が用意されてた。

『マサル、あなたはあなたらしく。でも無理は禁物です。まずは体を労って。あなたはきっと誰かの力になれる』


──もしかしたら、人間だったころ、やり残したことがあってそれが今なんだとしたら。
Noob、お前は俺にとって、あの寮母さんが最期に言っていた"誰か"なのかもしれない。

           *


「…Marshall」

そう言って、Noobは、丸まったMarshallの体をゆっくりと撫でた。

「お前のお母さん、多分聴きたいんじゃないか?…生きてるうちだぞ。親孝行できるのは」


「…ほんと、そうだね」


Noobは、鼻から大きく息を吸い込み、丸い窓から覗き込む月を見つめた。



GADORO『はなみずき』
レーベル:Four Mud Arrows
Prod.:ikipedia

引用:https://youtu.be/fDAGt6iJ66c?si=IAOVuVjlYlWxwYTu



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