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【短編】『無名の巨匠』

無名の巨匠


 私は、作曲家である。それは社会的地位である職業としての作曲家ではなく、むしろ社会なくしても永遠と残り続ける私が私自身を認めるがためだけのアイデンティティーとしての作曲家である。

 普段は特に、作曲するわけではなく、そしてこれと言って他にすることもないのだが、時に自分が一体何者なのかと自問自答した際にその答えが出ないことから、仕方なく自分が唯一できる作曲をするのだ。これまで自分が作曲してきたものは数えきれないほどであり、それほどまでに自分と語り合ってきたと言っても過言ではない。しかし、それら全ては未発表のものばかりである。それは、自分自身さえ自分の作品を認知しているのならば必要十分条件を満たしているからだ。そして、それを実現する術として私は非常に卓越した記憶力を持っている。その能力を生かして自ら創作したメロディーを頭の中のあらゆる引き出しにしまってはいつでも取り出せる状態にしている。

 引き出しにしまう際だが、私は特殊な方法でメロディーを頭に格納している。まず、作曲を終えてから頭の中でストーリーを作り出しそれらを組み立てる。言わば、脚本家によるプロット作りである。先日作曲した際には、このようなストーリーを考えた。

・とある街で内紛が勃発していた。
・そこへ、突如として街の者には見えぬ格好をした男が現れた。
・すると、男は急に踊り出した。
・男の踊りは女性や子ども、老人たちを魅了した。
・しかし、内紛は収まることを知らず、争いは激化した。
・踊る男、踊りに熱狂する衆、剣を振りかざして殺し合う戦士。
・そんなカオスの中、両者の動きが一瞬重なった時があった。
・ふとした時、剣が弧を描いて偶然男の手に渡った。
・男は剣を持って珍しそうに眺めては、再び踊り出した。
・すると、なんと言うことか次々と戦士を打ちのめしていくのである。
・紛争中の戦士たちの矛先は一気に男の方へと変わった。
・男は戦士たちを相手に怯むことなく踊り続けた。
・そして、男は踊り疲れると剣を捨てて隣街へと去っていった。
・こうして男はとある街の内紛を収めたのだった。

この曲は「武闘に勝る舞踏」というタイトルで頭に格納されているこれまで作曲してきた中でも特別気に入っており、ぜひ皆にも聴いていただきたいほどである。

 実を言うと、作曲の方法は二通り存在する。メロディーを考えてから頭の中で楽譜に起こし、その楽譜を見ながらストーリーを作る方法。そして、ストーリーを考えてからそのメロディーを連想し、楽譜に落とし込む方法である。後者においては、しばしば勘違いされることが多いのだが、決してストーリーの挿入歌を作るわけではなく、ストーリーそのものを曲に変換する作業なのだ。

 このようにして、私は作曲家でありながら、実質脚本家でもあるため、時にどちらが本当の自分なのかが分からなくなることがある。しかし論理的には、脚本なくして作曲物を格納することはできず、作曲無くしては格納も何もないのである。と考えることで、やはり自分は作曲家であることを再認識する。そのため、作曲家であることは私が私であることにおいて必要条件であるが、脚本家であることは十分条件としての位置づけとなるのだ。

 しかし、こうも言えるのではないか?いかに良い脚本であったとしても、曲自体が優れていなければその創作物は駄作となってしまう。逆に、曲はとても優れているが、脚本があまりにもつまらぬものであると、同様に駄作となってしまう。そのため、いかに曲が優れているか、あるいは脚本が優れているかではなく、両者のバランスがうまく取れているかが格納作業においては重要となる。

 総じて、私のアイデンティティーの確立において、曲の格納作業が必須になってくることは明白である。私はその記憶を引き出すことで初めて自分史を遡り、改めて自分自身を再認識できるのだ。つまり、私自体は過去があってこその私であり、過去は私を語るにおいて切り離すことのできない必要条件なのだ。先日の「抗い続ける男」という論説でも綴られているように記憶というものが過去に属することがはっきりとわかる。

 ここまで、私自身の自己紹介をしてきたつもりなのだが、到底他人には理解し難い内容であったことは否めない。だが、一つだけ言わせていただきたい。自己紹介とは、自己の紹介であり、自己とは、あなたがあなたである由縁は一体何であるかを問いかけているものではないかと。

 それでは、宜しくお願い致します。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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