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再投稿:窓から眺める桜

病室の窓を開ける。散って舞う桜がベットの上に着地した。桜はなぜ人の心を奪うのだろう。好きな人は私に一度も綺麗と言わないけれど、桜には綺麗と呟く。

私の名前が楓だからだろうか、楓も綺麗な花だとは思う。ただ、桜の美しさと比較すると敵わないなと思う。

私の好きな男の子の春樹は春になると毎年、東京からここ大阪の病院に来てくれる。入院生活を送る私の身体を心配してくれる優しい男の子だ。窓から見える桜を春樹と一緒に眺める短い時間が一年で一番好きな瞬間だ。

そう、私にとって桜の季節は春樹と会える時期だから嬉しい。それと同時に15歳という、若さあふれる私でさえ桜の美しさには劣等感を覚える時期でもある。

去年の春。中学2年生になって背丈が伸びた春樹に少しばかり戸惑った。私の知らない間に変わってゆく、置いてかれた気がした。

そんな私を見て春樹は変わらない笑顔を見せてくれて安心した。我ながら単純な女の子だと思う。

去年のことだから正確では無いけど、見舞いに来た春樹とこんなやり取りを交わした。
「ねえ、春樹は桜を綺麗だと思う?」
「そりゃ綺麗だろうよ。むしろ綺麗だと思わない感性の持ち主がいるか?」
「じゃあ、薔薇は?」
「綺麗。」
「そうね、それなら向日葵は?」
「綺麗というよりは見てて心が明るくなるわな。」
「ふうん、じゃあ楓は?」
「ああ、おれは赤くて綺麗。ん、何だよこの誘導は。」
「今私のこと綺麗って言ったね。ふふふ。」
「そんなこと言ってないし。発想が小学生の男子並みじゃんか。」
「そんなことないよ。こうやって場が和んだし。」
「そうだとしても。なんか引っかかって悔しい。」
「まだまだ私の方が上手ね。」

こんな些細なことで笑い合える、その事実が私の心を温めてくれた。春樹にとってもそうであって欲しいと願うばかりだった。

春樹は一転、少し真面目な顔をして話題を変えようとした。

「そうですね。ん、あのさ。」
「何?」
「何でもない。なんか言おうとしたけど忘れた。」
『思い出しなよ。」
「忘れたから思い出せないよ。楓こんなキャラだっけ。小学4年生までしか一緒じゃないからそれ以降の楓を知らないけどさ。」
「そうだね、今中学2年生だから4年も経ってるんだね。こうやって会うのも桜の季節だけだし。」

少し重たい空気が2人を包む。春樹は自分の言葉足らずを歯痒くなったのか、話の流れを修正してきた。

「いや違うんだ。言いたいことは別にあって。あのさ、おれ夢があるんだ。聞いてくれる?」
『いいよ。」
「おれ将来医者になるから。医者になって色んな人を救いたい。それで。」
「それで何よ。」
「楓の顔見たらなんか続き言いたくなくなっちゃった。また、来年会えるよな?」
「会えるよ。私は闘病生活を頑張るし春樹と会えるこの季節とこの時間が好きだから。」

春樹の顔が紅潮しているのが分かる。
「今の春樹は楓より赤いね。」
「うっさいな。ペース乱れるわ。」
「ふふ、楽しい。」
「そりゃ良かったな。おれもお前が楽しそうで安心した。また会いに来るから元気でな。」
「うん、春樹も元気で。次会うときはもっと元気な姿を見せるから。」

これが昨年の春に春樹と交わした会話だった。
春樹が部屋を退出してから「春樹と一緒なら楽しいに決まってるじゃない」と独り言を呟いた。

昨年の思い出にふけっていたところ、ドアが開く音がした。去年よりさらに大きく見える春樹が立っていた。
「春樹。」
嬉しさのあまり大きな声を出してしまった。十中八九、今の私の表情は笑みに溢れているはず。

「そんな大きな声出すと体に響くぞ。楓久しぶり。」
春樹に注意された。体格も人としても春樹は成熟しているみたいだ。嬉しさ余って私は両手を顎下で組んで話しかけた。

「今年も会えたね。」
「ああ。あのさ、楓。受験も無事終えて進学校へ進学することが決まったよ。医者になるための一歩を踏み出すよ。」
「春樹は凄いね。私なんかこの病室で取り残された気分だよ。」

変わってゆく。季節も年齢も姿形も。春樹は季節の変化に伴い、容姿も内面もしなやかに変化している。受け答えに困る言葉をつい呟いてしまった。

「そんなことない。楓には俺が一生かけても掴むことができないものを持っている。」
「それは何?」

自然と首を傾げて聞いた。

「楓には品格があって心の美しさがあって、他者を優しい人間にする人となりが備わっている。目には見えない魅力が存在するんだ。」

言葉にしづらいけど、私は自分を恥じた。春樹は私の表面じゃない、根っこのところまで見つめて向き合ってくれたんだ。

「俺は1年に1回楓に会うから、面会したとき恥ずかしくない自分でいたい。そう思うんだ。だから楓の存在が根底から俺を後押ししてくれる。優しい人間にしてくれるんだ。」

何で私の姿を綺麗と言ってくれないのか、ぶつくさ不満に思っていた自分が恥ずかしくなってきた。春樹は私に会うために日々、研鑽しているんだ。

胸を打たれているところ、春樹は私が待ち望んでいた言葉もきちんと言ってくれた。

「それに。楓は内面だけじゃなくて見かけも綺麗だと思う。」
私は今の言葉を聞き逃さなかった。確かに私を綺麗と言ってくれた。人生で初めて春樹に言われた。有頂天になった私は再び春樹をからかいたくなった。

「よく聞こえなかったな。ねえ、なんて言ったの?」
「うるさいな、何だっていいだろ。そんなはしゃいでると身体に響くぞ。」
「はーい。」

頷きつつ、私は頬を膨らませて不機嫌なアピールをした。面会時間もあと少しで終わるんだから我がままに付き合って欲しかった。

春樹の目線が私の頭上に動いた。薄紅色の桜が私のベッドに落ちそうになったところを春樹の手がすくった。

「綺麗。」
「え?」

春樹の綺麗という呟きに私は反応した。
「さっき楓のこと綺麗だって言ったんだ。だから、その。」

私はそれ以上言葉を発さなかった。楓の葉の色より紅潮した春樹を見て私は十分満足した。

来年の面会の目標は主語に私を入れて告白してもらうこと。いまこの瞬間決まった。

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