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病院、デイサービス

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#コラム

気づかないうちに舞い降りた…

気づかないうちに舞い降りた…

これで三回目の挨拶。

「おはようございます」

病棟に入るとニイナさんが挨拶をしてくれる。

病棟で会う度何度でも挨拶をするのが彼女の習慣。

お昼には「こんにちは」何度でも何度でも。

グルグル歩き回るのは散歩なのか、頭の中を空っぽにしたいからなのか。

ニイナさんは毎日病棟内を歩いている。

控えめで人とのトラブルもない彼女。

職員は好むと好まぬと関わらず、手のかかる患者さんと対峙する事が

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煙突はなくったって

煙突はなくったって

 「煙突がない家にはサンタクロースは入れないんだよ。それに我が家はキリスト教じゃ無いから来ないのよ」昭和40年代田舎町に住む私は、母にそう言われて12月24日を迎えていた。

 それでも日頃食べられないホールのケーキにジュース、お菓子の山を貰って、ホクホクのクリスマスを迎えていた。おもちゃ?そんなの無かった。欲しい物は年明けのお年玉で買えたし、ゲーム機など無い時代、せいぜいサンリオの《いちご新聞》

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チヨさんの笑顔、そしてさようなら

チヨさんの笑顔、そしてさようなら

 「力士の中では千代大海が一番好き。昨日も張り手で勝ったの!」デイサービスに通うチヨさんはいくぶん興奮して色白の頬がうっすら紅く染まる。「千代大海はね、強くって負けん気もあってそういう所が魅力なの!」

 もう15年以上も前になるだろう。私がデイサービスに勤めていた頃の話。チヨさんは80代。ぼんやり明るさを認識できるだけの中途視力障害の方。そんなチヨさんの一日はラジオで始まりラジオで終わる。スポー

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君の記憶に灯るものは?~たんたん先生の遠い思い出

君の記憶に灯るものは?~たんたん先生の遠い思い出

 たんたん!テーブルを叩く音がする。ここは病院、いつものように朝食が終わって後片付けが終わる頃、いつものように元教師、通称たんたん先生の演説が始まる。

 「みなさーん、これから遠足が始まります。出発まで一列に並んで待っていてください」

 「何言ってるんだ!どこにも行けるわけないやないか!」

 「はいはい、落ち着いて、お口は閉じて。お利口にしていてくださいね」

 また始まったとばかり苦笑いを

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真冬のストーブと押し花と僕の先生

真冬のストーブと押し花と僕の先生

 イチロー先生は元校長先生。齢90を越えるその体躯は175センチはあろうかという身長で、ステッキ片手にゆうゆうと歩く。その矍鑠とした姿はさすが大正生まれの男子だ。

 イチロー先生は昔、中国で教師をしていた。現地の生徒に慕われていたと嬉しそうに話す。中国の冬は厳しい。イチロー先生はどの先生より早く学校に来て、教室のストーブをつける。生徒に寒い思いをさせないよう教室を暖めておく、それは生徒にとってど

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金木犀の香り

金木犀の香り

 甘い香りが鼻腔をくすぐる。匂いはするけれど、恥ずかしがりやの可憐な花は見えない所に隠れている。そう、常緑樹の緑の陰からひっそりとオレンジ色の花をほころばせているのは金木犀だ。

 金木犀は五感の中で嗅覚だけに訴えかけてくる花だ。きっとインスタ映えはしないけど、秋には絶対欠かせない花なのだ。視覚、聴覚は動画でも伝えられる。こんな綺麗な花だよとか、こんな声で鳴く鳥だよなんてわかるんだ。でも、味覚、触

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のんちゃんの希望、もしくは水たまりに映る月明かり

のんちゃんの希望、もしくは水たまりに映る月明かり

 のんちゃんの朝は早い。病棟内で1、2を争うほど早起きだ。みんなで食事をするホールへ行って、カーテンを開ける。しんと静まり返って、まだ朝日も出ていない早朝4時ごろ。のんちゃんの朝は早い。

 「おはようございます」と言っても返事はない。聴覚障害で聴こえない、話せないから。それでも視線が合うとにっこり笑う。言葉にはならない擬音で「オハヨ」と返してくれる。機嫌が悪い時はその限りではないけれど。

 の

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おぼろげな記憶の、エリーマイラブ

おぼろげな記憶の、エリーマイラブ

 泣かしたこともある 冷たくしてもなお よりそう気持があればいいのさ

 俺にしてみりゃ これで最後のlady  エリーmy love so sweet

 歌で恋をしたことがある。カラオケが流行り始めたころのお話。廃車されたバスを改装したり、プレハブのカラオケボックスが所かまわず出来ていたバブル時代。同僚が歌う姿を見て、惹き込まれてしまった。

 曲名は【愛しのエリー】サザンオールスターズ。ドラ

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桜の花びらは頬に優しく 〜眠れないCさんの物語〜

桜の花びらは頬に優しく 〜眠れないCさんの物語〜

 みんな寝静まった深夜の病院、Cさんはナース室にやってくる。元マル暴刑事のCさんは、大きな体躯、鋭い眼光、威圧的な言質で他の認知症の患者さんと一線を画していた。でも、昼間の顔とは違った内面があったんだ。

 「どうしてこうなったのか、わからないんですよ…」

 奥様を亡くされ、娘ふたりとは不仲(滅多に面会に来られない)。認知症を発症した後、施設に入居する。しかし、いまだ刑事だと認識していたCさんは

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