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黒船の軍楽隊 その10

 松代藩主真田幸教(1)が松代藩士医師高川文筌(2)と能役者樋畑翁輔3)の二人に命じて作成した図版記録をまとめたと思われる大英博物館所蔵「ペリー絵巻」には帽子・硬貨・傘・農具など様々な物品や、軍楽隊で使用している楽器も描かれました。これが元史料の一つになり、様々な写しが作られました。


黒船絵巻 – 3 

 大英博物館所蔵「ペリー絵巻」「楽器鳴物兵糧入銀銭銅銭ボタン仐ノ図がっき なりもの ひょうろういれ ぎんせん どうせん ボタン かさのず」(図1)には、金管楽器6種、木管楽器2種、打楽器3種が描かれています。

大英博物館所蔵「ペリー絵巻」

楽器鳴物兵糧入銀銭銅銭ボタン仐ノ図 (図1)
(図1-1)

バリトン・サクソルン(4) (Baritone-Saxhorn)と推察

1854年頃のバリトン・サクソルン
(図1-2)

ヴィエンナ・ヴァルブ(5)・トランペット(Vienna valves Trumpet)と推察

1854年頃のヴィエンナ・ヴァルブ・トランペット
(図1-3)

ケーラー社のパテント・レバー・クラビコール (Köhlers’ Patent Lever Clavicor) (6)と推測

1854年当時のケーラー社のパテント・レバー・クラビコール
(図1-4)
1854年当時のトロンボーン(Trombone)
(図1-5)

 コルノピアン(cornopean)と推測

1854年頃のコルノピアン
(図1-6)

ホルン(Natural Horn)

ナチュラル・ホルン
(図1-7)
1854年頃のファイフ(Fife)
(図1-8)
1854年頃のクラリネット(Clarinet)
大太鼓(Bass Drum) (図1-9)
小太鼓(Anare Drum) (図1-10)小太鼓
シンバル(Cymbals) (図1-11)

上陸兵の操練と樂器の寫生

 昭和6年発行の樋畑翁輔 遺稿「米国使節彼理提督来朝図絵」の「上陸兵の操練と樂器の寫生」図には、楽器が描かれていて、これは大英博物館所蔵ペリー絵巻「楽器鳴物兵糧入銀銭銅銭ボタン仐ノ図」に描かれているのと同じ楽器です。この図絵には、表と裏が描かれている楽器が5種類あります。

「上陸兵の操練と樂器の寫生」から楽器写生部分(図2)
(図2-1) バリトンサクソルン(Baritone-Saxhorn)と推察  
「上陸兵の操練と樂器の寫生」は表と裏をそれぞれ描写、右端図は大英博物館所蔵「ペリー絵巻」
(図2-2) ヴィエンナ・ヴァルブ・トランペット(Vienna valves Trumpet) と推察
右端図は大英博物館「ペリー絵巻」 以下同様
(図2-3)コルノピアン(cornopean)と推測
(図2-4) ケーラー社のパテント・レバー・クラビコール (Köhlers’ Patent Lever Clavicor)と推測
(図2-5) ホルン(Natural Horn)
(図2-6) 響き線付き小太鼓とバチ
(図2-7) 大太鼓
(図2-8)クラリネット
(図2-9)トロンボーン
(図2-10) ファイフ
(図2-11)シンバル

浦賀紀行図 甲巻

 浦賀紀行図甲巻の「楽器と傘の図」には、楽器が描かれていて、これは大英博物館所蔵ペリー絵巻「楽器鳴物兵糧入銀銭銅銭ボタン仐ノ図」に描かれている楽器と同じだと思われます。ここには、表と裏が描かれている楽器が6種類あります。

浦賀紀行図 甲巻「楽器と傘の図」(図3)
(図3-1) ヴィエンナ・ヴァルブ・トランペット(Vienna valves Trumpet) と推察
(図3-2) ケーラー社のパテント・レバー・クラビコール (Köhlers’ Patent Lever Clavicor)と推測
(図3-3) バリトン・サクソルン(Baritone-Saxhorn)と推察
(図3-4) コルノピアン(cornopean)と推測
(図3-5) ホルン(Natural Horn)
(図3-6) トロンボーン(Trombone)
(図3-7)クラリネット(Clarinet)
(図3-8)小太鼓(Snare Drum)
(図3-9)大太鼓(Bass Drum)
(図3-10) ファイフ(Fife)
図(3-11) シンバル(Cymbals)

米艦渡来記念図

 横浜開港資料館所蔵の「米艦渡来紀念図」は、江戸の学者堀口貞明(7)が様々な絵巻などから興味ある黒船に関する絵を描き写し、一巻の巻物にしたものです。金管楽器に関しては、とても想像力豊かな描写となっています。

米艦渡来紀念図 (図4)
(図4-1)もしかしたら
ケーラー社のパテント・レバー・クラビコール (Köhlers’ Patent Lever Clavicor)かもしれません。
(図4-2) もしかしたら
バリトンサクソルン(Baritone-Saxhorn) かもしれません。
(図4-3) もしかしたら
ホルン(Natural Horn) かもしれません。
(図4-4)大太鼓(Bass Drum)
(図4-4)もしかしたら
ヴィエンナ・ヴァルブ・トランペット(Vienna valves Trumpet)かもしれません。
(図4-5)ファイフ(Fife)
図4-7) クラリネット(Clarinet)
(図4-6) シンバル(Symbals)

大英図書館所蔵絵巻

 大英図書館所蔵の長さ3.2メートルで8つの区分からできている無題、無名、作者不明の巻物で、挿絵には短い説明が書かれています。

帽子、楽器、手漕ぎボート (図5)
(図5-1)大陣太鼓(渡り二尺、大ばち)とあり、大太鼓(Bass Drum)
(図5-2)小陣太鼓(渡り一尺程、小ばち)とあり、小太鼓(Snare Drum)
(図5-2)説明なし、シンバル(Cymbals)
(図5-3)小笛とあり、小型金管楽器だと思われるが楽器名不明
(図5-4) 同じく小笛とあるので、ファイフかもしれない
(図5-5)大笛(シンチュウ)とあり大型金管楽器だと思われるが楽器名不明

亜墨利加艘相州浦賀津渡来絵巻

 桑嶋經徳(8)による「亜墨利加艘相州浦賀津渡来絵巻あめりか そう そしゅう うらがつ とらい えまき」(9) 嘉永6年頃写(1853年)とあります。この絵巻の図が「大英図書館所蔵絵巻」よりも詳細であることから大英図書館のものの元資料の可能性があります。
 太鼓の胴模様が「龍」や「虎」であり1854年の「花に彩られた女性」図柄模様と大きく違うことから、これらの楽器図が描かれたのは1853年来訪時の可能性が高いように思われます。

亜墨利加艘相州浦賀津渡来絵巻 (図6)
(図6-1) 大陣太鼓(渡り二尺、大ばち胴薄板、胴に獣の模様あり)とあり、大太鼓(Bass Drum)
(図6-2)小陣太鼓(渡り一尺程)とあり、小太鼓(Snare Drum)
(図6-3) 説明なし、シンバル(Cymbals)
(図6-4) 小笛とあり、小型金管楽器だと思われるが楽器名不明
(図6-5)同上(小笛)とあり、「シンチウ」と示された箇所はリング状の真鍮で補強されている小型木管楽器(ファイフ:Fife)だと思われる
(図6-6)大笛(惣シンチウ)とあり、真鍮製大型金管楽器と思われるが楽器名不名

脚注

(1)真田幸教(さなだ ゆきのり1836-1869)は、松代藩の第9代藩主
(2)高川文筌たかがわ ぶんせん1818-1858)は、松代藩の医師・御用絵師 絵を谷文晁に学ぶ
(3) 樋畑翁輔 (ひばた おうすけ1813-1870)は、松代藩の能役者 絵を歌川国芳 9)に学ぶ
(4) サクソルン(Saxhorn)は、1843年頃にベルギーの管楽器製作者アドルフ・サックスによって考案された一連の金管楽器群
(5)ヴィエンナ・ヴァルブ(Vienna valve)

Vienna valve

(6) パテント・レバー・クラビコール
(7)堀口貞明(ほりぐち さだあき)は群馬県生まれ佐久間象山や山寺常山、三村晴山といった松代藩士とも交流があった。1853年久里浜に上陸した将兵の姿などを描いた白川藩・宮津藩・鯖江藩らの藩士が描いたものから模写した絵巻を作成した。
(8) 桑島經徳は「相州浦賀津渡来 絵巻」世に表した。
(9)相州浦賀津渡来 絵巻 桑島經徳書 


(図1)大英博物館所蔵 ペリー絵巻
(図2)米国使節彼理提督来朝図絵 著者 樋畑翁輔 遺稿, 樋畑雪湖 編 出版者 吉田一郎 出版年月昭和6
(図3) 浦賀紀行図 甲巻 伝高川文筌筆
(図4) 横浜開港資料館 米艦渡来記念図 堀口貞明筆
(図5) 大英図書館の絵巻物 Or.16453 


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ファーイーストの記事

「ザ・ファー・イーストはジョン・レディー・ブラックが明治3年(1870)5月に横浜で創刊した英字新聞です。
 この新聞にはイギリス軍人フェントンが薩摩藩軍楽伝習生に吹奏楽を訓練することに関する記事が少なくても3回(4記事)掲載されました。日本吹奏楽事始めとされる内容で、必ずや満足いただける読み物になっていると確信いたしております。

 是非、お読みください。

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「ザ・ファー・イースト」を読む その7   バンドスタンド2 、横浜地図

SATSUMA’S BAND 薩摩藩軍楽伝習生

writer HIRAIDE HISASHI


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