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むるめ辞典–日々−

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2020年2月の記事一覧

むるめ辞典

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■泥土

[読]でいど

泥の土

[例文]
ミルクを飲んで、泣いて、眠るだけの赤ちゃんの、うんこが今日で3日でていない。

揺すったり、さすったりしてもびくともしない小さな肛門に少し刺激を与えてみても応答はなし。

逆さにして振ってみようか、それとも太鼓みたいに叩いてみようかと考え始めた5日目の朝に、手の付けようがないほど体いっぱい泣き叫ぶ彼女の苦しそうな顔が、フッと緩んでその時はきた。

待っ

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■湯気

[読]ゆげ

湯の気

[例文]
体いっぱいにつまったものを弾き出すような声。戦士の雄叫びのような声。太古の土の下から聞こえてくるような小さい声。溶けた氷が土に染み込んでいくように心を濡らす声。

これまでいろんな子供がいろんな声で歌ってきた歌を私の子供が卒業式で歌うんだとお風呂で練習するのを横で聞いている。

彼女の思い出の引き出しが埋まっていく様子を見つめながら、これから先どうなるん

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■水泳

[読]すいえい

水を泳ぐ

[例文]
娘は体をくねらせながらプールに入り、勢い良く壁を蹴った。

交互に水を打つ足の後ろで白いしぶきが光って泡立ち、水膜がくっついたり離れたりしている二の腕をビート板にのせて彼女は25mプールをなんとか前に進んでいる。

勢いがあったのは最初だけで、水に抵抗されるがままに失速してしまい、後ろを泳ぐ男の子に追い抜かれてしまった。

いかなごの群れみたいな子

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■沈黙

[読]ちんもく

どこかに沈んだ黙

[例文]
灰色に舗装されたコンクリートに腰を下ろして、指の腹で地面の凹凸をなぞりながら砂利をつまんで指で弾いた。

砂が地面に触れる音をきこうと耳を澄ましたら、夜の冷気に溶けた沈黙が冷たい風になって耳に触った。

あたりは暗くて静かなままだった。

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■接吻

[読]せっぷん

接する吻

[例文]

友達の部屋で二人きりになった私たちは、浮き立つような高揚に自然とキスをした。言葉はその後にやってきた。「待ってた」と彼女は言った。

5年後に再会した彼女からは特別な匂いがした。懐かしいだけなのかと思っていたらバターになった虎みたいに頭が溶けた。「こうなると思ってた」と彼女は言った。

彼女と私の口の中で混ざり合った欲望は、すごく濃密な固まりにな

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■総武線

[読]そうぶせん

黄色い電車です

[例文]

総武線に乗って浅草橋から千駄ヶ谷方面に向かった。

少し離れた席に座っていたのは、短いスカートからのぞく右足を影になった左足の上に乗せてまっすぐ前に投げ出した外国人で午後2時の陽光が彼女のブロンドの髪を輝かせていた。

黒いブックカバーをつけた本を読む彼女のその仕草を見やるのは、風に飛ばされた風船が空に昇るのを見届けるのと同じように誘わ

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■散歩

[読]さんぽ

散る歩

[例文]

犬の散歩道は決まっていて、近くの池をぐるっと一周させることになっていた。

昼間はゴルフの打ちっぱなしに使われているその池に、仕事を終えた大人たちが白いボールを打ち込んでは難しい顔をして家に帰っていく。

夜になると、黒く輝く糖蜜のような水面に白い点がポツポツと浮かんでいて、やがて池の淵に流れてくるそのゴルフボールを、子供達がくすねていった。

私た

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■故郷

[読]ふるさと

故に郷

[例文]
男たちは海と山に挟まれた鉄鋼所か山と海のあいだの造船所かのどちらかで働いていた。私の父親も鉄鋼所の下請け企業として生計を立てて暮らしている。

彼らは海に面した山を少しずつ削って、そこに大きな家を建てていった。屋敷風の古い家の多くは平地に並んでいたが、山を登って行くほど新しい家屋が増え、いつしか新興住宅地になった。

お金持ちばかりのこのあたりで一番

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■悪事

[読]あくじ

悪い事してますか

[例文]
学生時代、自宅で謹慎している私に友人が電話をくれた。しばらく話してから、この携帯電話はさっき釣りしながら寝てるおじさんのポケットから拝借してきたんだ、と言った。

そんなものでうちの家に電話してくるんじゃないよ、ふざけんなよ、うちの電話番号が履歴に残るじゃないか。

「俺が捕まってお前が無事なのは納得できないね」と私が言ったら、「俺もそう思う

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■瘡魚

[読]かさご

カサゴに似たハマチ

[例文]
シミだらけの枕のように親に放って育てられた友人は、幼い頃からふてぶてしさの張り付いた切れ目で一重まぶたが鋭い悪人顔だった。

浜地という名前のこの同級生は成長するにつれて顎に特徴のある瘡魚のような顔つきになっていった。いつか鰤のようにクールに出世していく男なんだけど、それは随分先の話。

この頃は映画ウエストサイドストーリーにでてくるチンピ

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■邂逅

[読]かいこう

渋谷駅構内にて

[例文]
オフィシャル髭男ディズムの広告動画をみて記憶の奥に後光がさした。

髭の形の電飾が設置されている。

しかも特大サイズ。

とうとう時代が、うすた京介に追いついたんだと、、、感動した。

痛みに耐えて、よく頑張った!

記憶の中でモエモエと邂逅し、きつく手を握り合った。

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■月間

[読]げっかん

パスタで跳ぶ月の間

[例文]
近所の子供たちが縄跳をして遊んでいる。

娘にきくと2月は学校で縄跳月間らしい。

練習しないのかきくと「私の縄跳びってフニャフニャのパスタみたいに柔らかいから、うまく飛べないの」と言った。

運動はからっきしダメだけど、言葉の上を軽やかに飛んだよなと感心する。天才か。

それで「コシのあるうどんみたいな縄跳びを新しく買って練習しよう」と

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■漁師

[読]りょうし

漁にでる師

[例文]
一匹の魚をどんな風にも美味しく捌く船上の漁師みたいな文章が書けるようになりたくて、毎日noteを更新している。漁師が毎日船を出すのを真似して。

「ここは焼いて、ここは出汁にして、こっちは煮付けにして、これは今食べよっか」

通勤電車の中ででスマホを使って身の回りのことを書いてるから、私の乗っている船は京王線の海の上にあって、投網の代わりにスマホ

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■再生

[読]さいせい

リピート再生

[例文]
川縁では犬の散歩をしている人がいたり、カルガモが休憩していたり、ランナーとすれ違ったり、遠くの空に鳥をみたりすることができる。休みの日はいつもここを走っている。

走っていると時々身体の節々が痛くなる。小さい剣先が肩から抜けなくて背中が痛み、胃が収縮するように感じる。

この痛みをやり過ごすと静かになる。まるで沈黙が川に溶けて流されていくように

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