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小説『コウベ・タータンチェック・メモリーズ』

「摩耶子~、明日暇?」金曜日、私は職場の同僚に声を掛けられた。「えー、なんで?」「いや、暇だったら梅田にご飯でも行かない?と思って。」「あー・・・」私はスマホの電源を入れると、さっさっと指で画面を撫でる。それとなく操作したように見せると、「ごめん、明日予定あるわ」と答えた。「男?」「ちょっと、そんなわけないでしょ~~~」「男ではないわ。でも、予定あるから!ごめん!じゃあね!」


それだけ言って、私は同僚に背を向ける。たまの休みぐらい、カーストも何も気にせず過ごしたい。だから、嘘も方便ってやつで、誤魔化す。そして私はさっさと更衣室から出ていく。小走りで家路につく。


休日。私は気分転換にショッピングに出かける。

この春大学を卒業して社会人になり、いっぱしのOLとして働きだしても、ショッピングは私の趣味であり続けている。日々せわしなく働いて疲れた頭を空っぽにして、あれこれと物色する。それだけで不思議とリフレッシュできるのだ。

電車で三宮駅に着くと、地下街を抜けてマルイの前の階段で外へ出る。そのまま大きな商店街・センター街へ入る。ここには大体いつも決まって回る店がある。近くのファストファッションのお店、ちょっと高いデザインファッションのお店。海外の雑貨文房具屋、そして、大きな本屋。

いつものルーティーンでそのお店を回っていたとき、私の足がふと止まった。こんあところに雑貨屋が?と、頭の中を疑問が走る。店の前の張り紙を見ると、「オープンセール」の文字。しばらくこない間に新しく出来たお店らしい。気になって、私はその雑貨屋に立ち寄った。

タオルやハンカチが陳列された棚の中に、ふと目が留まる。深めの青色で、チェック柄の、綺麗なハンカチ。

「神戸タータンっていう柄なんですよ。ぜひ手に取ってご覧ください」店員さんが声をかけてくれる。浅くお辞儀を返して、でもなんとなくそのハンカチが気になり、私はかがんでそのハンカチを手に取った。

その柄に、頭の深くにある記憶が刺激される。昔のことを思い出した。


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思えば、小学校の頃から、私は友達が少なかった。本当に友達と言える女の子は、片手で数えて足りるぐらいしかいなかった。いつもクラスの中でじっと静かに本を読んでいて、眼鏡で黒髪三つ編みという、まさにクラスに一人はいるような、文学少女のステレオタイプそのもののような、そんな女の子だった。

休みの日が来るのは待ち遠しかった。なぜなら、クラスの子に邪魔されることなく、一日中部屋で本を読めるからだ。私は、小学生の早いころに一人部屋を貰っていたので、ベッドの上に座ってずーっと本を読みふけっていた。でも、その休みを唯一邪魔する人がいた。

「まーちゃん、」「えーまた?」「そんな言わんでよ。あとでソフトクリーム買ってあげるから」「しょうがないなー。」

そうして母は、読書漬けの私を外に連れ出す。いつも母は休みになると、私を手芸屋さんに連れて行った。

三宮のビルの中にある、結構古いお店。入り口から入ると、所狭しといろいろなものが並んでいる。色とりどりのビーズ、真っ白でふわふわした綿、カラフルな蛍光色の毛糸、かわいいレースや布地。

母はむかし、服飾デザインの学校に通っていた。結婚するまでは神戸のファッション会社に勤めていたため、布地に関してはとても強い。なので、家庭に入って私を育てるようになった後にも、自分の腕を鈍らせないように手芸には精を出していた。

よく母はその店で布地を買ってくれて、いろいろな物を作ってくれた。体操服を入れる巾着や、歯磨きセットを入れる小さな入れ物。ある時には、ワンピースなんかを作るような大仕事までしてくれた。それを着て、親戚の結婚式に行ったりもしていたのを覚えている。

でも、母はいつもいつもその手芸屋に行っていたので、いつも同じような景色を見ているので私はすっかり飽きていた。母に手を引かれて、ただぼーっと店の中をうろうろしていた。

そんなことが続いていたある時。いつものように手芸屋を連れまわされていた私は、ある布地に目を奪われた。

「ねーおかあちゃん」手を引いて少し前を歩く母を、私は引き留めた。「ん?なんや?」「これがいい」「ん?これか?」「うん」「随分洒落たの選ぶなぁ。なんでこれがええん?」「んー、なんか、なんかかわいいから」「なんやそれ。でも、これで何作りたいん?」「んー、」

私はしばらく考えた。考えて、「あのな、としょかんのな、本入れるやつほしい」と、母に言った。「こないだ作ったばっかりやん」「あれめっちゃちっちゃいもん。いっぱい本読むから、足りひんの」「えーあれちっちゃいの?あれ作るの大変やったのに。まあしゃあないなぁ」

母は布の見本をレジに持っていく。店員さんに長さを伝えると、店員さんが慣れた手つきで布地をシャーッと切る。その手早さは、今もしっかり覚えている。帰りの道中、私は母に尋ねた。

「なあおかあちゃん、これ、なんていう柄なん?」「これか?これはチェックって言うんや。」「チェック?」「タータンチェック。綺麗なの選んだな。」「へー。全然知らんかった」

タータンチェック。それは、たくさん本を読んできて、いろんな言葉に触れてきた私にはとても刺激的な響きだった。まだ見ぬ外国の世界をほんのちょっと垣間見たようで、大人になった気分を味わった。

そうして私は、生まれて初めて布を買ってほしいと母にねだった。母は、切り売りのタータンチェックの布地を買って帰り、自慢の足踏みミシンで縫い合わせ、トートバックを作ってくれた。

嬉しくて、私はそれを友達に見せびらかしたくて、それまでよりも頻繁に、何回も何回も図書館に通うようになった。クラスでは目立たず、あんまり喋らなくて、本しか読まないような私だったけど、タータンチェックのトートバックは、一番の友達として私のそばにいてくれた。そして、柄が可愛いと話しかけてくれたおかげで友達が少しできて、クラスもちょっと楽しくなった。


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ふっと、また現実に意識が向く。耳に静かな喧騒が戻ってくる。店の中は、まだ多くの客が行きかっている。私はその場に立ったまま、まだ、その青いタータンチェックのハンカチを手に持っていた。

「これ、ください」
「ありがとうございます」

店員さんは、少し微笑んで
そのまま私をレジまで案内してくれた。

家に帰る。ワンルームの、一人暮らしには十分な広さの部屋。冷たいフローリングが、心まで冷やしてくる。ベッドに勢いよく腰掛けると、ばさっと大きな音が立った。私はおもむろに手提げ袋の中から優しい肌触りのハンカチを取り出した。

私はハンカチを両手でぎゅっと握りしめる。母の手を握っているかのような安心感に包まれて、私は幸せだった。



〔完〕