マガジンのカバー画像

小説一覧

27
運営しているクリエイター

記事一覧

【小説】風神戦記 黎明の時代

原作 風神戦記リンク
https://cinemafrontjp.booth.pm

 風が強く吹きつけ、帽子が高く舞い上がる。この上昇気流に乗って、遠い異国の空すらも自由に飛びまわりたい。ガキの頃、空を見上げたおれは、頭上を過ぎる飛行船を見つめて、そんなことを思っていた。

 時代は明治。文明開化の名のもと、西洋の文化が押し寄せ、この国は目覚ましく成長した。

 はるか海の先、イギリスの産業革命

もっとみる
【小説】傘も差さずにハローグッバイ

【小説】傘も差さずにハローグッバイ

―チリンチリン。

 入口のドアが開く。

「いらっしゃいませ。」

 私はコーヒーを淹れる手を止め、来訪者へ笑顔で声をかける。

「お好きな席へどうぞ。」

 入ってきた男は一目散に窓際の席へと足を運び、腰をおろした。

 時刻は午後3時。雨天のくせに忙しかったランチタイムを終え、店は閑散として、広い席はたくさん空いているのに、わざわざこの店で一番狭い、窓向き横並びの二人席を選んだ。待ち合わせ、

もっとみる
【小説】2次元なんて救えない

【小説】2次元なんて救えない

 私の大切な人は世界を救った。

 私は過疎化の進んだ辺境の村で生まれた。村に住む全員が顔見知りであり、みんながみんな親兄弟のような、家族同然の関係で過ごしてきた。

 同じ年頃のこどもは私ともう一人、隣りの家の男の子トーマだけだった。

 十五のある日、私とトーマは冬支度に町へ買出しに出かけた。
 
 そこで彼は、地面につき立った聖剣を引き抜いてしまい、勇者に認定された。

 あっけに取られた私

もっとみる
【小説】にじんでみえない

【小説】にじんでみえない

 チュンチュンチュン。

 デッデーポッポー。

 ううう、頭が痛い。

 飲みすぎたか…。

 体も痛い。

 変な寝方したな、こりゃ。

 うつぶせのまま酔いつぶれていた身体をなんとかひっくり返し、目ヤニで頑丈に閉じられた目をムリヤリこじ開ける。

 見慣れた天井。

 見慣れた景色。

 ちゃんと家には帰ってきたらしい。

 我ながら、酔っぱらったときのオートモードは優秀すぎて怖い。どれだけ

もっとみる
【小説】ヒコウショウジョ

【小説】ヒコウショウジョ

「飛べるよ、君にも」

その日、彼女は屋上から飛んだ。

文字通り、“飛んだ”のだ。

 長い金髪に不健康そうなメイク、マキシ丈まであるロングスカートのセーラー服、昭和のヤンキーを思わせるその姿は、公立の進学校では目立つ存在で、一度も話したことのない僕でも知っている。

 しかし、だ。

 彼女は決して、不良なわけではない。

 レイラ・フィリップス。それが彼女の名前である。

 その金髪も、父親

もっとみる
【小説】僕はそれを口にする

【小説】僕はそれを口にする

 桜が散った新年度。入学式やら新生活の慌ただしい空気が落ち着き、ゴールデンウィークを迎えるまでの週末の土曜日、僕は山登りにきた。

 大きな川沿いに位置するこの山、標高は313メートルで、いつくかはあるが短いルートだと4~50分ほどで登りきることができるので、初心者にもやさしい。

 毎年、正月には初日の出を望みに多くの人が山頂に集うが、それ以外は比較的、静かな山だ。近年の登山ブームもあり、昔より

もっとみる
【小説】誤読のグルメ

【小説】誤読のグルメ

「はい、茶屋ヶ坂です。あ、今、到着しました。駐車場に車を止めたところです。はい、すぐにお伺い致しますので」

 電話を切り、車を降りる。

 名古屋市某所。

 何年ぶりだろう。昔、まだ学生の頃、このあたりに住んでいた。近くにはいくつも大学もあり、貧乏学生に優しい、安くて古めかしい飲食店が多く立ち並ぶ、昔ながらの繁華街だ。そのぶん、治安は決して良いとは言えなかったのが玉に瑕。

 だが、近年の再開

もっとみる
【小説】御祝い申し上げます

【小説】御祝い申し上げます

 その日、私ははじめての個展をむかえていた。

 芸術大学を卒業後、イラストレーターとして働きながら、コツコツ作品づくりに勤しみ、一年前に独立。フリーランスの絵描きとしていろんなものを描いてきた。

 描きたいものだけ描けるわけではない。それでも、自らの個性を、想いを乗せて、すべての仕事に全力を注いできた、つもりである。

 そして、今日。

 オープンから数時間経つが、ギャラリーはまだまだ賑わっ

もっとみる
【小説】読書感想文の審査員を務めているのですが

【小説】読書感想文の審査員を務めているのですが

 私は、全国読書感想文コンクールの審査員を長年勤めている者なのですが。少し、お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?

 その、なんといいますか、今年応募のあった感想文のなかで、ひとつ、判断に困るものがあるのです。これは、感想文なのか、と。

 その感想文はこんな書き出しで始まります。



むかーし、むかし。あるところにおとうさんとおかあさんとぼくがいました。

おとうさんは会社へ仕事に、

もっとみる
【小説】忌憚のない奇譚~絵空事篇~

【小説】忌憚のない奇譚~絵空事篇~

 あるところに、“下手の横好き”という言葉が似合う、絵を描くことが大好きな女の子がいました。幼いころからところかまわず落書きをしては、母親に怒鳴られます。

「またこんなところに落書きして!いいかげんにしなさい!」

 それでも懲りずに絵を書き続けますが、絵がうまくなることはありませんでした。

 そんな女の子も成長して、中学3年生になり、高校受験が迫っていました。しかし、女の子は勉強するどころか

もっとみる
【小説】ヘンシン

【小説】ヘンシン

 ある夜、フランツ・カフカの『変身』を読み終えると、ベッドのなかで身を震わせているじぶんに気がついた。

 連休の終わりのこの日、明日から仕事だと思うと気が滅入ってしまい、なかなか寝つけないでいた。そのとき、友人から感想を求められていた本があったことを思い出し、気晴らしに手に取ったのが、午後10時。今 時計の短針はわずかに右に傾いている。

 『変身』は、販売員をしている青年がある朝突然、巨大な虫

もっとみる
【小説】おぼれるふたり

【小説】おぼれるふたり

“恋はするものじゃなくて、落ちるものだ”という書き出しで始まる恋愛小説を読んだことがある。とすれば、私は今、恋に落ちているのだろうか。

 彼は、私が働くコーヒーショップの常連客だった。平日の昼間にラフな服装でやってきて、季節に関係なく、ホットのコーヒーを注文する。そして、テーブルにパソコンを広げ、2~3時間ほど画面に向かい、一仕事終えると、席を立ち、コーヒーをお代わりしに、カウンターへやってくる

もっとみる
【小説】35才、雨に片想い。

【小説】35才、雨に片想い。

 雨が好きだ。すべてを洗い流してくれるから。

 35才。バツイチ子持ち。と言っても、子どもは元パートナーが引き取ったため、ただの独り身。

 何度めかの転職ののち、今の職場に納まった。これまでのスキルを評価され、ある程度の自由を許される環境には感謝しかない。と言っても、感謝の矛先は大学の同級生で、社長である寺前なのだが。

 離婚で心身ともにやられていたのを見兼ねて拾ってくれたのだ。

 寺前は

もっとみる
【小説】灯台もと暮らし

【小説】灯台もと暮らし

 これは、ある灯台守の男とその娘の話である。

 ある岬には古い灯台があった。

 その昔、灯台といえば、海を渡るものたち、漁を生業とするものたちの“みちしるべ”として、なくてはならない存在であった。

 だがそれも過去のこと。衛星通信による位置測定の技術が発達し、また、それ自体の老朽化も進み、役目を終えるものがひとつ増え、ふたつ増え、もはや風前の灯、この灯台を残すのみとなっていた。

 男の一家

もっとみる