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【小説】2次元なんて救えない

 私の大切な人は世界を救った。

 私は過疎化の進んだ辺境の村で生まれた。村に住む全員が顔見知りであり、みんながみんな親兄弟のような、家族同然の関係で過ごしてきた。

 同じ年頃のこどもは私ともう一人、隣りの家の男の子トーマだけだった。

 十五のある日、私とトーマは冬支度に町へ買出しに出かけた。
 
 そこで彼は、地面につき立った聖剣を引き抜いてしまい、勇者に認定された。

 あっけに取られた私をよそに、魔王討伐のため、修行を積むことになったトーマはそのまま王都へ連れていかれた。それから三年目の秋。

 彼は村に帰ってきた。一人の男を連れて。

 魔王討伐の前、最後の里帰り。久しぶりの再会と勇者の旅立ちを祝って、村をあげて酒宴が行われた。彼は笑っていたし、周りも楽しそうにしていたけれど、これが最後になるかもしれない、みんなそう思っていたに違いない。

 旅立ちの日、トーマが連れてきた男はそのまま村へ残った。

 これといった特徴のない男ヒイロは、人当たりはよく、すぐ村に溶け込んだ。年寄りの多くなった村で、貴重な男手として、活躍してくれた。

 何度目かの冬が過ぎた頃、村に知らせが届いた。

 勇者が魔王を倒した、と。

 私はまだ雪の溶けない、丘の先にある墓石に手を合わせていた。

「ばあちゃん、ムリすんなって」

 老婆が抱えた水桶を奪い取り、肩に担ぐ。

「老人扱いするんじゃないよ」老婆は口ではそう言うものの、顔は朗らかで、手振りで感謝を伝えてくる。

 村は秋の収穫祭の準備で慌ただしい。ちょうど3年前。おれは失意の中、この村にやってきた。トーマに連れられて。

 人生、諦めると楽になる。この世界に来て学んだことだ。

 そう、なにを隠そう、おれは異世界から転移してきた、異世界人なのだ。

 前の世界では、サッカーでプロになり、ワールドカップで優勝するため、日夜練習に明け暮れていた。しかし、現実は厳しい。県の選抜に選ばれたものの、そこどまりで、高校卒業後は大学のサッカー部へ。そこで怪我をして、サッカーを引退した。

 失意の中、異世界へやってきた。

 そこは前の世界のゲームや小説でよくある、剣と魔法の世界。魔王の魔の手が伸び、人々が怯えて暮らす終末の世界だった。

 ということは、異世界から来たおれが魔王を倒さねば。そう思ったおれは王都で冒険者ギルドに登録した。剣を振るい、呪文を覚え、数か月後にはスーパールーキーと呼ばれるようになっていた。

 同じ時期に、片田舎からやってきたトーマという男もともに修行に励んでいた。なにやら、聖剣に選ばれた勇者らしいが、トーマは戦うセンスがないのか、いまいち成長しなかった。周囲のやつらが期待外れの目をトーマに向ける中、おれはトーマを励まし、ともに修行した。

 人は勝手だ。勝手に期待して、勝手に失望して。都合のいいときだけもてはやして、都合が悪くなれば去っていく。おれはそんなやつと同じになりたくなかった。

 それから3年。おれとトーマは経験を積み、パーティを組んでいた。勇者トーマを支える若き魔法剣士、それがおれだった。

 異世界から来たのに主人公じゃないのか、なんて腐りそうにもなったが、もともとサッカーのポジションだって中盤の底。縁の下の力持ちだったのだ。おれの性に合っているのかもしれない。

 魔王討伐に出かける前、魔王軍四天王を討伐することになった。自信のなさそうなトーマを鼓舞し、いざ、敵陣へ。

 四天王ボーデン。それは今まで戦った魔物とは違う。圧倒的な迫力。勝てない、一瞬でわかったが、足がすくんで動かない。だが、トーマは違った。何度膝をついても立ち上がり、最後には撃ち果たしたのだ。

 使い物にならなかったおれをトーマは笑いものにすることなく、労ってきた。同じ恐怖を感じたはずなのに、笑顔で。

 おれの心はそこで折れた。

 おれに魔王討伐はムリだ。周囲の目から逃れるように、トーマの里帰りにくっついて、村へやってきた。

「ヒイロ、村長が呼んでたわよ」

 水場で楽しそうにする男に私は声をかける。

「あー、きっとあれだな、うん、あとでやるって伝えといてくれ」

「じぶんで伝えなさいよ」

「おれは今、忙しいんだ」

 そう言って、こどもたちとの遊びを再開する。

 どこが忙しいのよ。ヒイロは老若男女問わず人気者だ。この村は、どちらかというとよそ者に厳しい。滅多に来るものではないし、それは警戒する対象なのだ。

 だが、ヒイロはトーマが連れてきた。事情はわからないが「ヒイロをよろしく」と言って置いていった。

 しばらくはみんなと距離があったのだが、紛れ込んだ魔物をヒイロが退治してからは、彼は村中から感謝され、一気に受け入れられた。

 それ以来、村の用心棒兼御用聞きとして働き始めた。身体を動かしはじめてからは、気落ちした様子は見られず、明るく振舞うようになった。

「遊んでるだけでしょ!」

「おい、おまえら、アンナねえちゃんも遊びたいってよ、混ぜてやれ!」

「あ、ちょっと、私はまだすることが、」

「よーし、おれは休憩だ」

「させるか、みんな、ヒイロが鬼だよ、やっちまいな!」

「うおっ、やめ、あ、そこは触っちゃいやん」

 平和を脅かされているとは思えないような日常を過ごしていく村。今頃、トーマは魔王の元へ足を進めているのだろうか。

 トーマが魔王を討伐するまであと少し。

 油断大敵。試合でもリードしている後半に落とし穴がある。言葉ではわかっていても、頭が、体が油断してしまう。わかっていても、人は忘れる生きものなのだ。忘れずにいられるというのはひとつの才能なのかもしれない。

「ここが勇者の生まれ故郷ですか」

 収穫祭のさなか、突如現れた魔族。それはおれにあのときの記憶を思い出させた。

「我が名は魔王様が四天王ドンナー。おまえたちの命は私が預かった」

 あり得ないことじゃない。トーマは確実に、魔王に近づいている。それを阻むために、人質をとる。予想はできたはずだ。ここはゲームの世界じゃない、現実なんだ。テンプレなんてないし、やつらだって必死なんだ。どんな手だって使ってくる。予想はできたはずなのに、バカかおれは。

 それでも、足がすくんで動かない。

 こどもたちが、じいちゃんばあちゃんがおれの方を見てくる。

 そんな目で見るなよ。おれにはムリだ。おれじゃ倒せない。

 おれは俯くことしかできなかった。

「人質は私だけでいいでしょ、村人には手を出さないで」

 顔をあげると、アンナが前に進みでて、四天王と対峙していた。

「ほう、勇敢な娘ですね。しかし、残念ながら人質は一人でよいのです」

「みんなに手を出したら私も舌を嚙み切って死んでやるんだから」

「ほっほっほ。いいでしょう。その勇気に免じてあなただけ連れていきましょう」

「アンナ」

「みんなのこと、頼んだわよ」

 アンナを鷲掴みにした四天王ドンナーは、空に浮かび、飛び去っていく。

 静寂に包まれるなか、魔物の群れがゆっくりと押し寄せてきた。

「へっ、やっぱりそうくるかよ。みんな、村長の家に逃げこめ。絶対にドアを開けるんじゃねえぞ!!!」

 群れに向かって魔法をぶっぱなし、急いで剣を取る。

 こんなところだけ卑怯なテンプレぶちかましてくるんじゃねえよ、異世界!

 おれは叫びながら魔物の群れに突撃した。

 浚われてからしばらく経って、四天王ドンナーは急に止まり、振り返った。

 そこには火の玉が追いかけてきていた。

 ドンナーはそれを片手で振り払った。

 視線の先からは馬で駆けてくる者がいた。

「ほお、これは予想外」

 飛ぶのをやめ、それを迎える。

「この娘に当たることは考えなかったのですか?」

「そんなの、おまえならどうってことないだろ?」

「魔物は?」

「ぜんぶ、倒したさ」

「ほお」

「!? 卑怯者!村人には手を出さないって約束したのに!」

「あなた、強かったのですねえ」

「強くなんてないさ」

「これは謙遜を」

「おれはただの村人Aだ。Aなんてのも烏滸がましいか。ただの居候、余所者なんだから」

「それなのに、なぜ逃げないのです?あなたには関係ないのでしょう」

「逃げたいさ」

「ヒイロ」

「でもな、体が動いちまったんだ、しょうがねえだろ」

「愚かな」

「ヒイロ、逃げて」

「私に勝てるとでも?」

「そいつの代わりにおれを人質にするってのはどうだ?」

「それになんのメリットが?」

「だよな」

「震えているぞ」

「武者震いだよ」

「おもしろい」

「嘘に決まってんだろうが!」

 そう言ってヒイロはドンナーに切りかかった。そこにはもう、あの気落ちした彼はいなかった。迷いのない瞳で困難に立ち向かう、勇者のように見えた。

「奇跡って起こるんだな」

「バカ、喋らないで」

 ボロボロになったおれはアンナの膝で抱えられていた。

 なす術もなくやられ続けていたおれに、致命傷を裂けながら甚振るやつ。ほんと、性格が悪いぜ。だが、そのおかげかな。

 突然、やつの体が崩れ始めた。

 驚きの表情を見せながら、灰となって消えていく四天王ドンナー。

 やっぱり、油断大敵だ。

「トーマが、世界を救ったんだ」

「ええ」

「さすが勇者だ」

「そうね」

「なあ」

「なに」

「おれ、異世界から来たんだ」

「なに言ってんのよ」

「信じられないかもしれないけど。おれは現実から逃げだしてきたんだ。こっちならうまくいくんじゃないかって、そう思ってた」

「もう喋らないで」

「でも、おれはこっちでも逃げだした。トーマに押しつけて、おれは村でのうのうと過ごして」

「きっとトーマはあなたに村を託したのよ。こんなときのために」

「そうだといいなあ」

「あなたは村を救った。そして、トーマのことも」

「トーマのアシストができたか。じゃあ、願いは叶ったのかもな」

「え?」

「虹を渡れば願いが叶う、そう言われたんだ」

「願い?」

「魔王を倒した勇者のアシストだぜ、ワールドカップもんだろ」

「あなたは勇者よ、私たちにとって」

「めでたしめでたし、だな」

 そう言った彼の体は光に包まれ、やわらかい風が空の彼方へ運んでいった。空には大きな虹がかかっていた。

 勇者が魔王を討ち果たしたその裏で、誰にも知られることのない、英雄がいた。

 私は彼のお墓の前で手を合わせる。

「虹を渡っていったのだから、また願いを叶えているのよね」

 燦燦と降りそそぐ太陽に照らされ、緑が緋色に萌えている。

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