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短編小説作品集1

52
初期の短編小説集。物語の中の日常を伝えられますように。
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2020年8月の記事一覧

『ディスタンス―距離―』

『ディスタンス―距離―』

生まれる前、私は母の中にいた。

生まれてから、父と母は私の手を握り、私たちは繋がっていた。

外の世界が、不思議で満たされていると知ると、私は両親の手を離し、外の世界へ腕を伸ばした。
それでも、二人と手を繋ぎたくて、二人を探した。

弟が生まれる前、私は祖母に預けられた。
いつも、祖母が手を繋いでいてくれた。

弟が生まれると、私の手はクレヨンを握っていることが増えた。
一人でできることが、えら

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『殻を破る』

『殻を破る』

玄関の冷たい石の上に揃えられた、エメラルドグリーンの小さな靴。

表面をビニールでコーティングされていて、ツルツルしている。
けれど、それを履いていると足にしっくりと馴染む。

お気に入りの靴なのに、いざ履こうと思うと、履くことができない。
左右揃った靴を、不思議に思いながら、見つめてしまう。

いったい、どちらが右で、どちらが左なの?
決まっていることのはずなのに、
靴を眺めていても、答えは聞こ

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『ルームメイトの話。』

『ルームメイトの話。』

虫は好きですか。苦手ですか。

私は、種類によります。

てんとう虫は好きで、
上に上に、チョコチョコ歩いていくのが可愛くて、
ずっと見ていたりします。

バッタも、緑の小さなオンブバッタは好きです。
目が小さくて、一生懸命跳ねる姿が可愛いです。

❋❋❋

さて、数カ月前、
私の部屋に、同居する方が現れました。

エリザベスと、スージーです。

エリザベスは、臆病な性格です。
人の気配がすると、

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『夏の妖精』

『夏の妖精』

空に青さが増し、白い雲が集まって、
空に絵の具を垂らした頃、
空と雲の間から、夏の妖精は生まれる。

空色の馬に乗り、
天から降り注ぐ陽射しの橋を渡って、
一度だけ地上に舞い降りる。

❋❋❋

初めて足を着けたのは、木の葉だった。
木々は、新緑の季節を終えて、
より青を増していた。

陽射しの橋はいくつもいくつも降り注ぎ、
隣の葉にも、隣の木にも、
妖精達が舞い降りた。
夏の妖精達は馬に乗り、自

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『母とのこと』

『母とのこと』

母のことは、嫌いではない。

どんな存在かと聞かれたら、
「感謝しています」と答える。

でも、好きとは即答できない。

母と私は、母娘(おやこ)。
私が生まれてから現在まで、同じ家で暮らしてきた。

大人になってからも、一緒に買い物に行ったり、ランチしたりする。

でも、友達のように気軽に話せる関係ではない。

❋❋❋

私には、過去の記憶がほとんどない。
それは、幼い頃から近い過去まで、様々な

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『三羽のカラス』

三羽のカラスは、いつも一緒に行動します。

一羽目は、電線に止まります。
道を見張って、誰かが来たら仲間に知らせるのです。

二羽目は、木に止まります。
畑を見渡せる場所に居て、猫が来ないかどうかを見張ります。

三羽目は、畑に降りて今日のごはんを探します。
一番危険な役目です。

一羽目のカラスが言いました。

「向こうで雀がおしゃべりしているよ。
 ぼくたちの方には来ないけれど、
 ずっとおし

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