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『沖晴くんの涙を殺して』 (額賀澪 作) 3 #読書 #感想文

第五話 死神は弄ぶ。志津川沖晴は恐怖する。

198ページより

《喜び》だけで生きてきた九年間を、この子が許すことができたのだろうか。できることなら、私が死ぬまでの間に、どうか許してほしい。切実に、そう願った。

京香は沖晴のことを誰よりも大切に思っているようにみえる。この辺で京香の元カレである赤坂冬馬という男性が登場するが、この人物は今後の物語のキーマンになってくる。

好きな時に泣いていいし、過去に《悲しみ》という感情を死神にあげてしまったことによって泣けなかった自分を責める必要はない、と京香は伝える。

誰がどんな感情を抱こうが その人にどんな感情が欠けていようがそんなのは当人の自由で、感情まで他者の意見に支配されてしまってはたまったもんじゃない。


この話の中で京香は沖晴に死期が近づいていくことを打ち明ける。死期が近い自分の顔は、そろそろ(沖晴には)ぼやけて見えてきたはずだ....と。
題名の通り、この話で沖晴は《怖れ》という感情を取り戻す。
208~209ページより

彼は、京香が大事だと言った。大事な人の死期を見て、その力を失って、《怖れ》を取り戻してしまうなんて。そんなことがあるか。そんな残酷ないたずらがあるか。
(略)
「なんで、どうして、どうしてこんなときに戻ってくるんだよっ!いらないのに、返してほしくなんてなかったのに!」
「全部、大嫌いだ」

過去も未来も自分の生きている世界もこれから生きていく世界も全部全部、彼は呪った。


読書メーターの感想文の中にも「この話は『死神』がいない方が上手くまとまっていたのではないか」という意見が少なからずあった。
けれど実際にはいないかもしれない(非現実的な)「死神」というものを話に織り交ぜたのは、「この世界に対する呪い」を浮き上がらせたかったのではないかと思ったりもする。
自分自身でしか選べない.....抱くことができる感情.....好きな感情....そんなものを根こそぎ奪い取ってしまう「目に見えない存在」が必要だったのではないだろうか。


《悲しみ》を、《嫌悪》を、《怒り》を....多くの感情を取り戻した彼は、普通の高校生になった。傷つきやすくて脆い、年頃の高校生に戻った。
彼が感情を少しずつ取り戻しているのは良いことであるはずなのに、感情を取り戻すごとにむしろ京香との距離がどんどん開いていく気がして、私は少し悲しくなった。
あぁ本当に、この2人が一緒に居られる未来はないのだ....と、ひしひしと感じさせられた第五話だった。



第六話 踊場京香は呪いをかける。志津川沖晴は歌う。

死ぬのが怖い、という京香と、生きるのが怖いという沖晴。そんな彼に、彼女は「生きることを怖いと思っていられるうちは生きていられる」と伝える。

怖くても生きないとダメだ、生きていてほしい、人間は案外強い生き物なんだよ....残酷かもしれないけれど、そんな言葉を彼にかけられる存在は、確かに彼女だけなのだ。
240ページより、沖晴の言葉。

「強くなりたいわけじゃない。俺はただ、踊場さんと一緒にいたいだけだ」

242ページより

「絶対に大丈夫なんて確証はいらない。無理して平気なふりなんてしなくていい。沖晴君が、ちゃんと生きていけるって、ほんの少しでいいから見せて。私が死ぬまでに」

生き続けて、幸せになって。自分はもう長くは生きられないけれど。沖晴に「生きろ」と言えるのは、彼女だけのように思う。
同ページの、同じ言葉が刺さる。

嫌悪、怒り、悲しみ、怖れ。いろんな感情を取り戻した志津川沖晴に、京香は、京香がいない世界を生きていくための呪いをかけた。

ここでも「呪い」という言葉が登場する。やはり「死神」の存在は彼女の存在を際立たせるためにも必要だったように思う。
沖晴にとって、感情を取り戻せたことは「幸せ」だったとこの時点では言い切れないのかもしれない。彼女と出会ったからこそ、死神に取られてしまった感情を取り戻してしまったのかもしれない。

でもそれでも、沖晴には京香が、京香には沖晴が、必要なのだと思う。
沖晴の地元の幼馴染で、震災で友達を亡くした梓よりも。
京香の元カレで、きっと余命宣告をされなければ結婚していたであろう赤坂冬馬よりも。


沖晴はしっかりと持つ。
誰よりも大切な京香の死を見届ける覚悟を。
京香がいない世界で生きていく、幸せになる覚悟を。

265ページより この第六話の最後で、決定的な何かが語られたように感じる。

「俺はさあ、踊場さんが大事になるたびに、取り戻してたんだよ、きっと」
(略)
貴方が一つ大切になるたび、一つ取り戻した。感情を取り戻して、便利な力を失って、大切な人が一人残った。その人は、旅立ってしまったけれど。


京香がいない世界で、沖晴は歌う。『花は咲く』を歌う。彼女が生きた人生を思って。自分はたくさんのものを彼女にもらったけれど、自分は彼女のために何かできたいたのだろうかと、思いながら。


次で最後。


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