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物語との向き合い方(後編) 『平安人の心で「源氏物語」を読む』

前編では、『日本のヤバい女の子』(はらだ有彩 柏書房)を読みながら、悲劇的な結末を迎えた昔話やおとぎ話の女主人公たちに、「血の通った一人の人間」としての人格を見出し、文字に残されなかった彼女たちの気持ちを掘り起こし、時には共感し、時には「あなたには死んでほしくなかった」と訴え、時には「もし、こうしていたら、こんな結末になっていたのでは?」というサブストーリーの提案までする、という本邦初(たぶん)の物語の向き合い方をみてきた。

それは、昔話やおとぎ話の女主人公の本当の友人のように寄り添い、彼女たちの悲劇的な人生を自分の人生のようにとらえ、一緒に泣き笑いした著書はらだ有彩さんだからこそできた物語との向き合い方といえる。

女主人公たちとともに物語にどっぷりとつかることで、新たな物語世界が見えてくることを教えてくれた本であり、私にとっては稀有で新鮮な一冊となった。(前編はこちらから

* * *

そして今回は、そのようなはらださんの向き合い方とは対照的でありながらも、また新たな物語世界を見せてくれる『平安人の心で「源氏物語」を読む』(山本淳子 朝日選書)を読んでみたいと思う。

このタイトルには「平安人の心で・・・読む」とあるが、これはどういう意味だろうと思った人はいるだろうか。どうして「平安人の心で」読む必要があるのか。「平安人の心で」ではなく、「江戸人の心で」とか「現代人の心で」とかいう読み方もあるのだろうか。

本書の著書山本淳子さんによる「あとがき」で、執筆の理由を「私はそのなかにエッセイを連載する依頼をうけて、「『源氏物語』に関わる様々なテーマを、当時の人々の目で説明するような内容なら」とお引き受けした」と語る。

「当時の人々の目で説明する内容」とはどんなものをいうのか。

裏表紙の「内容紹介」では、「本書は平安貴族の意識と記憶をひもとき、リアルな宮廷社会へと読者を誘う。そこに生きた平安人と同じ心で読めば、『源氏物語』の本当の面白さが、その奥深さが見えてくる」とある。

これを言いかえれば、物語がかかれた平安時代の出来事(歴史)、風俗、風習、習慣、価値観、ものの考え方、感じ方を理解することで、これまでにない『源氏物語』の世界が見えてくる、ということになろうか。

その顕著な例として、「一 平安人の心で「桐壺」巻を読む 後宮における天皇、きさきたちの愛し方」を読んでみたい。

「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」

『源氏物語』は、主人公光源氏の父母の物語から語りはじめる。

光源氏の父桐壺帝は数多く女性たちを妻にしているが、その中でも、更衣という低い家柄の女を寵愛し、皇子(光源氏)が生まれた。我こそはと思って天皇のもとに輿入れした名門出身の女性たちや、同等あるいはそれ以下の家柄の女性たちの嫉妬といやがらせを受け続けた更衣は、神経を衰弱させて亡くなった。

平安時代の天皇の結婚は、欲望を満たすたすことが目的ではない。確実に跡継ぎを残すこと、一夫多妻制はそのための制度だった。・・・中略・・・・
 だが、子だくさんなだけでは天皇として不合格だ。跡継ぎとは次世代の天皇になる存在なのだから、どんなきさきの子でもよいというわけではない。即位の暁には貴族たちとの合意を得て円滑に政治を執り行うことができる、そんな子どもをつくらなくてはならない。それはどんな子か。一言で言えば、貴族の中に強力な後見を持つ子どもである。・・・中略・・・
 ・・・中略・・・貴族たちは、天皇がしかるべき子どもをつくることを期待している。それはしかるべき家から送り込まれたしかるべききさきと、しかるべき度合いで夜を過ごすことを期待し、見守っていくということだ。摂政・関白、大臣、大納言。天皇はきさきの実家を頭に浮かべ、その地位を順に尊重しなければならない。つまり、その順で愛さなくてはならない。天皇にとって愛や性は天皇個人のものではなかった。最も大切な政治的行為だったのだ。
『平安人の心で「源氏物語」を読む』(山本淳子 朝日選書 2014年 )5、6ページ

このような当時の宮廷のあり方を、現代を生きる私たちが知るという機会はほとんどない。同じ天皇とはいっても、平成の皇室の後継者の考え方や婚姻のあり方とはまったく異なるため、そこから推測することもできない。

物語が書かれた当時のこのような事情、背景、人々の考え方を知らないと、「桐壺」巻が、天皇の一人の女性への純愛がほかの女性たちの嫉妬によって抹殺された、という話にとどまってしまう。そのこと自体は誤りではないものの、書かれていることを認識したにすぎない。

しかし、天皇の結婚や性愛は政治行為であり、女性たちの実家によって、その寵愛に序列をつけなければならないという、当時の宮廷社会の掟を知っていれば、更衣が死に至るまで向けられた嫉妬やいやがらせは、女性たち個人のそれを通り越して、家の序列を無視された「摂政・関白、大臣、大納言」といった権門の抗議行動ととらえることができる。

そのような視点から桐壺帝をみていくと、桐壺帝は個人の愛情と宮廷社会の掟との間で苦しんだことで、このあとに続く、残された皇子(光源氏)のまばゆいばかりの成長とその身の処遇、更衣にうりふたつだといわれる藤壺という皇族出身の女性を迎えて、中宮(皇后)にすることをとおして、「摂政・関白、大臣、大納言」といった権門とは一線を画す政治的体制をつくっていこうとする姿をみることができる。

表向きはあくまでも更衣への愛情を動機とする桐壺帝の愛情の物語なのだが、その裏にはしっかりと政治の物語が織り込まれていることを、読者は知る。

このような裏側を知ることが、「『源氏物語』の本当の面白さ」であり「その奥深さが見えてくる」ことなのである。

* * *

私は大学でこのような物語との向き合い方を知った。

それまでは、作家たちによる現代語訳や、源氏物語に登場する女性たちを解説した本を好んで読んでいたが、結局、どれも「男性たちに振り回されたかわいそうな女性」ばかりとなってしまうことに、間違ってはいないけれどなにか物足らなさを感じていた。

大学では、本書が紹介するような当時の時代背景を踏まえて解釈する方法や、物語に使われている言葉の用法を先の時代、同時代の文献や資料にあたり、言葉が固有に持つ世界観を探ることで、現代語訳だけでは表現しきれない物語の“奥行き”にせまる方法、民俗学的な世界観を踏まえて読む方法などを一通り学んだ。

そのような方法で物語に向かうと、それまでには見たこともない“新しい”『源氏物語』と出会うようになり、その面白さに魅了されて、研究の道を志した。残念なことに、私には研究者として道を全うするほどの力はなく、道半ばで断念したけれども、やはり今でもこのような物語との向き合い方に出会うと、ワクワクした時代を思い出す。


さて、ここで『日本のヤバい女の子』のはらださんの物語の向き合い方と、本書の山本さんの向き合い方には、大きな違いがあると感じた人も多いのではないだろうか。

はらださんは自ら物語の中に飛び込み、登場人物たちとの直接的な語り合いをとおして、ときにはらださんの感情と現代の価値観を交えながら、登場人物たちの人生や物語の世界を理解しようとする。

一方、山本さんは物語という舞台を鑑賞しながら、セリフや背景画、大道具、小道具の持つ意味を探ることで、それらを知ろうとする態度である。そこが舞台である以上、観客である山本さんの個人的な感情や現代の価値観を持ち込む余地はない。

前編の冒頭でも触れたように、お二人の経歴や肩書きが異なる以上、物語に向かう態度や姿勢が異なるのは当然なのだが、本書には、はらださんほど山本さん自身の考えや感じ方がダイレクトに書かれているわけではないので、『日本のヤバい女の子』を読んだ後に本書を読むと、物足りなく感じる人もいるのではないだろうか。

山本さん自身は、『源氏物語』にどのような情熱を持って向き合っているのか。

そこで本書をもう少し読み進めていくと、最後の方に、紫式部が『源氏物語』をかいた経緯や動機について、山本さんが仮説をたてるくだりがある。一条天皇の御世におきたある事件と紫式部の夫との死別がその動機になっているのではないかと考えるのだが、それを語る山本さんの筆が一気に熱を帯びてくる。

山本さんの仮説をかなりかいつまんでまとめると、次のようになる。

さきほど例に挙げた「桐壺」巻の桐壺帝と更衣は、当時の天皇一条天皇とその皇后定子がモデルであり、個人の愛情と宮廷社会の掟との間で苦しんだ一条天皇と定子の悲劇的な愛のあり方を、紫式部が物語という「虚構」を描くことで受け止めたのではないか、ということである。

一条天皇と定子について少し説明をしておくと・・・

定子は当時の摂関家の名門、藤原道隆の娘として一条天皇のもとに輿入れした。一条天皇は彼女の才気あふれる明るさと漢文の教養に魅せられて、寵愛した。しかし、定子の父道隆の死後、世の勢いは道隆の弟道長に移っていった矢先、兄たちがある事件を起こして、配流される。

道長は年若い娘彰子を一条天皇のもとに送り込むが、天皇の寵愛は彰子に移ることはなかった。このような実家の没落に耐えられなくなった定子は、出家する(尼僧になる)。しかし、定子への思いを断ち切ることができない一条天皇は、無理やり尼僧をやめさせて定子を宮廷に戻らせた。

天皇が実家の不確かな女性を寵愛することは、政治の秩序、宮廷の掟を無視することであり、権門の道長が心穏やかではないことは、先に説明したとおりである。定子が第一皇子を出産したことで、道長側から陰湿ないじめを受けるようになる。そして第三子を出産した床で定子は息を引き取った。

このあたりの出来事が、「桐壺」巻のもととなっているのではないかと、山本さんは考える。

一方、紫式部は、定子の母の出身が自身と同じ階級だったことや、漢文が得意だったことで定子に共感と憧れを抱いていたため、定子の生涯の終わり方に暗澹たる思いがした。そしてその数ヶ月後に、今度は自分が夫を喪うという悲劇に見舞われる。その二つの喪失感を埋めるために『源氏物語』を書き始めたと、山本さんはいう。

山本さんの定子と紫式部への思いは、次のように熱を持って語られる。

・・・私は、定子こそが『源氏物語』の原点であり、主題であったと考えている。定子の悲劇的な人生が時代に突きつけた問いを正面から受け止め、虚構世界の中で、全編をもって答えようとした。それが『源氏物語』だと考えるのだ。
『平安人の心で「源氏物語」を読む』(山本淳子 朝日選書 2014年 ) 268ページ
こうして見ただけでも、定子の人生は理不尽に満ちている。その第一が、愛の理不尽である、天皇の愛ゆえに、定子はいったん去った後宮に戻らされ、壮絶な批判を浴びて死んだ。同時にこれは、仏道の理不尽でもある。男の哀愁によって出家が取り消されるなら、女は仏道を逃げ場とすることもできない。また、政治の理不尽である。実家の零落した定子は、天皇の第一皇子を産んでさえも世に非難された。権力というものの移ろいやすさと、酷薄さ。・・・中略・・・定子の死は、その直後、公達が無常を痛感して連鎖的に出家したことに明らかなように、世の閉塞感をもたらした。つまり定子とは、社会的事件だったのだ。定子と時代を共有した人々は、誰もがこの理不尽を目の前に突き付けられたのである。
同 269ページ
人とは何か。それは、時代や運命を世間という「世(現実)」に縛られた「身」である。身は決して心のままにならない。まずそれを、紫式部はつくづく思った。だが次には、心はやがて身の置かれた状況に従うものだと知る。・・・中略・・・紫式部は「置かれた場所」で生き直し始めたといえよう。
 だが紫式部は、現実にひれ伏すだけではなかった。彼女は心というものの力にも気づいたのだ。・・・中略・・・そう、心は何にも縛られない。易易と現実から抜け出て、死んだ人とも会話し、未来を夢想する。架空の世界まで創りだす。時空を超えて、それが心というものの普遍だ。紫式部はこの「心」という世界に腰を据え、人というものに考えを致し続けた。彼女にとって、「置かれた場所」で「下へ下へと根を下ろす」とはこのことだった。『源氏物語』はその結実であったと、私は思う。
同 248、249ページ

定子の人生の理不尽さに憤り、定子と夫の死に絶望した紫式部が『源氏物語』の執筆をとおして、絶望の淵から這い上がってくる様を語る山本さんの姿は、『日本のヤバい女の子』のはらださんそのものだ。

これを語る山本さんは、はらださんがそうであったように、定子と紫式部への感情移入というレベルを超えて、定子事件の真実を見つけその行く末を見つめようとするサスペンス映画の主人公そのものである。

それにしても紫式部は、自身が仕えた彰子ではなく、その政敵であった定子に思い入れを持ってこの『源氏物語』を書いたと山本さんに指摘されて(サスペンス映画なら、断崖絶壁で?)、どんな顔をするのだろうか。ちょっと見てみたい気もする。


物語と向き合う人には、「物語の神様」が降りてくる瞬間がある。

私も数回体験したことがあるが、そう長くは続かなかった。それは、はらださんや山本さんのように、作者を含めた物語世界を自分のこととしてとらえられる思い入れや情熱を持ちながら、物語と向き合い続けた人にだけ許される瞬間なのかもしれない。




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