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123天文台通りの下町翁 雑記帳    奈倉 有里 著「夕暮れに夜明けの歌を~文学を探しにロシアに行く~」

123天文台通りの下町翁 雑記帳    奈倉 有里 著「夕暮れに夜明けの歌を~文学を探しにロシアに行く~」

気鋭のロシア文学翻訳家のペテルブルグ、モスクワ留学時代の濃密に文学、詩、教師、学生たちにどっぷりと浸った日々がつづられている。なんとも貧しくとも、濃密でみずみずしい学生生活だったかが浮かびあがる。
たった一人の東洋からの留学生としての経験が細部に渡り、書き留められている。きめ細やかな心模様、そして何よりもロシア文学や関連する資料を浴びている様子と情熱が全編に貫かれている。奈倉有里は、ロシア文学を読

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123天文台通りの下町翁      雑記帳~ 鶴見 済 著「人間関係を半分降りる」

123天文台通りの下町翁 雑記帳~ 鶴見 済 著「人間関係を半分降りる」

人間だれしも浅くも深くも落ち込む。不運や不幸は時には生まれた時から運命づけられてしまっていることもあるし、自分には無関係と思っていたら出くわしてしまうことがある。鶴見氏が書いているように、すべての悩みは人間関係につながっている。家族、友人、職場、学校、地域社会、あらゆる場所で、ありのままの自分でいられることは至難の技だ。

そうであるからこそ、人からどう思われるかを基準にせず、自分をからめとってい

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123天文台通りの下町翁 雑記帳~平野啓一郎「死刑について」を読む~

123天文台通りの下町翁 雑記帳~平野啓一郎「死刑について」を読む~

元は死刑制度は積極的に必要とは思わないまでも、被害者とその家族の心情を思えばやむ無しと考えていた平野が、その後、小説家として作品を執筆すること、熟慮を重ねるうちに、死刑廃止派に至るようになる。そこに至る思考の過程が、大阪弁護士会主催の講演記録をもとに、日弁連「死刑廃止の実現を考える日2021」講演時のコメント等を加えて再構成した内容となってこの本では展開される。

被害者が尊重され、どう救済してい

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123天文台通りの下町翁 雑記帳 ~落合恵子・著「明るい覚悟 -こんな時代に-」

123天文台通りの下町翁 雑記帳 ~落合恵子・著「明るい覚悟 -こんな時代に-」

文化放送の深夜放送「セイヤング」のパーソナリティだった落合恵子。当時は"レモンちゃん"と呼ばれ爽やかな声と容姿、落ち着いた話のお姉さんということで中高生時代、特に受験勉強に飽きて横になり、そのまま寝入ってしまう前に耳を傾けていた記憶が残っている。その後の彼女の作家としての執筆、絵本の店クレヨンハウス創業、実母の介護、そして反核や平和についての動きなどを横目にしつつも、日々の生活に追われて数十年。

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123天文台通りの下町翁  雑記帳~ブレイディみかこ著「ヨーロッパ・コーリング・リターンズ 社会・政治時評クロニクル 2014-2021」~

123天文台通りの下町翁 雑記帳~ブレイディみかこ著「ヨーロッパ・コーリング・リターンズ 社会・政治時評クロニクル 2014-2021」~

英国イングランドのブライトンという町に在住の保育士&ライター/コラムニストの英国社会、政治についての新型コロナ感染拡大した2021年までの自由で闊達な7年半に渡るコラムをまとめた一冊。文庫とは言え500ページ近い分量を読むのは一気にはできないが、一編ごとに、反緊縮・人々への積極財政の必要性、かつては"ゆりかごから墓場まで"と呼ばれた社会厚生システムが保守党、とりわけサッチャー以降の新自由主義政策で

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123天文台通りの下町翁 雑記帳            長坂道子・著「難民と生きる」を読んで考える日本に暮らす私の道

123天文台通りの下町翁 雑記帳 長坂道子・著「難民と生きる」を読んで考える日本に暮らす私の道

混雑した場でベビーカーを押す女性を「迷惑」と捉える社会=日本と、見ず知らずの難民を自宅に迎え入れることを厭わない社会=ドイツ、この大きな違いは何なのか?そんな素朴な疑問を考えるため、欧州在住の長い著者、長坂さんが2015年以降いっきょに中東での戦火から逃れて欧州に押し寄せた難民の大波などに、ドイツの市民が個々にどう応じ、何を考えたのか、具体的な聴き取りを紹介した一冊。連邦制をとるドイツゆえ、州や地

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123天文台通りの下町翁 雑記帳~大山勝男・著「さっちゃんの診察器       -医師・矢島祥子-」読後記

123天文台通りの下町翁 雑記帳~大山勝男・著「さっちゃんの診察器       -医師・矢島祥子-」読後記

大阪市西成区の診療所で釜ヶ崎で一貫して町に暮らす厳しい生活環境や健康状態にある人々のために、献身的に医療活動を続けていた”さっちゃん”先生こと矢島祥子医師。2009年11月19日の午前1時20分に木津川の千本松船場の水中で遺体となって発見されるまでのわずか34年の人生の濃くも短い軌跡を追った内容。と同時に、ご両親お二人とも医師、祥子さんの兄弟3人のご家族と他殺死としか思えない彼女の死の真相を現在も

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123天文館通りの下町翁  雑記帳~柳美里「JR上野駅公園口」(河出文庫)を読んで

123天文館通りの下町翁 雑記帳~柳美里「JR上野駅公園口」(河出文庫)を読んで

冒頭とエンディングに太字で書かれた「まもなく2番線に池袋・新宿方面行きの電車が参ります、危ないですから黄色い線までお下がりください」上野駅構内の山手線ホームアナウンスで繋がれた福島県出身のホームレス男の日常、故郷での家族との葛藤ある暮らしが入り交じる話は、東日本大震災後に南相馬に居を移し、本屋も構えながら土地の人々に丹念に耳を傾け、実際に上野の山で"山狩り"と称される天皇一族が美術館、博物館来訪時

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123天文台通りの下町翁 雑記帳~桐野夏生『日没』読後感とナオミ・クライン『ショックドクトリン(上)』を併読して~

123天文台通りの下町翁 雑記帳~桐野夏生『日没』読後感とナオミ・クライン『ショックドクトリン(上)』を併読して~

読書することが身に付いてきたのは奥手だった。会社員時代まだ改革開放してまもない頃の北京に、1985年秋から3年間駐在員として滞在していた28歳からだ。天安門広場の悲劇が起こる少し前。それまでは受験生時代の受験参考書程度の読書と呼べない文字の追い方だった。だが当時の北京は外国人駐在員が遊びに行ける娯楽は少なく、ひたすら町中の路地裏、いわゆる胡同を巡って市民の生活を垣間見るか、長い夜を一時帰国時に買い

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