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【上野・珍々軒】高架下で”ラーメン炒飯”を語る女子 / 前篇(新感覚ショートストーリー)

人生最低最悪のデート

「ああ、なんであんなこと言っちゃったんだろ」
いつもの強がりだ。
高一の初デートのときも。
大くんに嫌われないように、あたしこれでも弁当女子なんだ、毎日弟の分までつくってるから、今度つくってあげるって。
毎日つくってるのはお母さんなのに。
もちろん、お母さんに助けてもらうつもりでいた。
まさか初デートの日、お母さんが風邪で寝込んじゃうなんて想定外だった。
あたしははじめて開くクックパッドで”オムライス”と検索した。
大くんの大好物がオムライス。
努力の甲斐もむなしく、完成?したオムライスの悲惨なこと。
もう間に合わない!
つくり直す時間も味見する時間もなかった。
お弁当を開くのが怖くて、午前中に回った吉祥寺の買い物も何を話したかさえ覚えていない。
井之頭公園の日当たりにいいベンチ。
小鳥がさえずり、のどかな休日だった。
そんな絶好のデート日和。
あたしがつくった弁当箱を開けた大くんの顔から笑顔が消えた。
見た目じゃないよ、味でしょ、と引き攣った顔の大くんがひと口食べる。
あたしのオムライスは、バッドなビジュアルの期待を裏切ることなく、その場で閉じられた。
凍りつくってこういう顔なんだ。
あたしへの愛情が、小鳥とともに天空の彼方へ飛び去っていった。

気まずく別れた後、家で残ったオムライスを食べた。
焦げ焦げの玉ねぎが点々と見える、ケチャップの味しかしないベチャっとした真っ赤なご飯。
涙とともに、胃から胸元に酸化したケチャップと脂の悪臭がこみあげて、その場で吐いてしまった。
ケチャップを入れれば、とにかく美味しくなると信じていたあたしが愚かだった。
大くんとのラブな関係は、そのまま自然消滅した。

あの悪夢のデートから数年。
大学で再デビューを果たすべく、週2でジムに通い、体形を細マッチョなアヤ風に替えた。
髪を金色に染め、清楚キャラからアクティブな肉食女子へイメチェンしたのだ。
お弁当事件のトラウマを克服すべく、人知れず積極的にコンパへ参加した。
そう、今日は晴れて、その実り第一号のデートなのだ。
お相手はM大学の三回生で、現役ラグビー部レギュラーのタカちゃん。
185センチの身長にのる、胸筋と上腕筋が半端なくカッコいい。
短く刈り上げた頭上にたなびく天パーと、クリクリした黒目とのギャップもたまらない。
うちの女子大との初コンパで、大食漢の彼にアピールしようと、ラーメン好き女子を演じてしまった。
なんなら半チャンじゃない炒飯とラーメンのセットはあたしのベストコンビなの、といらんことまで話していた。
自ら墓穴を掘った流れで、初デートはタカちゃん行きつけの町中華に決まった。

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昼のアメ横からはじまる恋

待ち合わせがアメ横って、まったく色気がないなぁ。
でも、タカちゃんと会える。
あたしはそれだけで有頂天だ。
よく食べる女子(コ)が好きって笑う彼の目が愛しくて、つい一緒にラー炒(*1)しよっと宣言してしまった。
*1 ラー炒とは、ラーメンと炒飯一人前のこと。

で、今日はタカちゃんと親友の雄大くん、その彼女さんと町中華に行くことになった。
これって、ダブルだけど、デートだよね?
お弁当つくらないのは助かるけど、ラーメン一杯で満足のあたしに、果たして平らげることができるのだろうか。
育ち盛り、食欲旺盛、天下のM大ラガーマンだもん、そりゃ食べるんだろうなぁ。
ええい、なるようになれ!

「こっちこっち」
タカちゃんが手をあげてる。
あたしも遠慮がりに手を振った。
あたしの不安は秋雲のように去り、幸せいっぱいに包まれた。
「ごめん、待った?」
「いや、俺もいま着いたとこ。咲菜(さな)ちゃん、アメ横来たことある?」
「うん、中学の時、弟が軍モノ買うときに付き合ってきた」
「ああ、中田商店でしょ。ミリタリー男子に有名だもんね」
「そうそう、女子には本格的過ぎて引いたけど」
タカちゃんが笑ってくれる。
「タカッ」
雄大くんと彼女さんが現れた。
「咲菜さん、彼女は七海(ななみ)」
七海は派手な橙色のミニからスラリと色白の脚を伸ばし、クルッとカールした栗毛を触りながら口を開いた。
「はーい、七海でーす。今日はよろしくね」
「七海さん、そのスカート綺麗ね。はじめまして、咲菜です」
七海があたしを見て、じっくり値踏みしてる気がした。
「おお、じゃ早速行こうか」
「だな、昼時になると行列ができちゃう。急ごうぜ」
山手線の高架下を歩くとすぐに赤い看板が見えた。

上野高架下のラーメン

「ち、ちんちんけん?」
かなりオープンな店構えに、動揺を隠せない。
「咲菜さん、よく一発で読めたね」
「う、うん。下にアルファベットでルビが振ってあるから」
雄大くんの微妙な褒め方にカチンときたけど、笑顔でかえす。
ルビ?と小説の専門用語がわからず、ポカンとする七海。
「咲菜ちゃんは頭がいいんだな」
雄大くんはそんなアホっぽい七海が可愛くてたまらないらしい。
ほっぺに指当てなんて見てらんないくらいベタな愛情表現してる。
「とにかく入ろう。おばちゃん、四人いいっすか!」
「はい、いらっしゃい。こっちへどうぞ」
「雄大、荷物置きたいぃ」
「おばちゃん、この椅子に荷物いい?」
「混んできたら、席もらうよ。それまでなら使って」
「ほら、七海。荷物こっち」
「やった。雄大、優しい」
付き合って二ヶ月という、絶頂期だけあってラブラブを見せつけてくれるじゃん。

あたしは家系が好き。
ラーメン屋は行くけど、こんな天然のテラス席ははじめてだった。
でも、ラーメン女子としては、そんな素人ぶりは見せるわけにはいかない。
吹きっさらしのオープンな割に、調味料はどれも綺麗だった。
うん、これならだいじょぶ。
「咲菜ちゃん、ここのネギチャーシュー旨いんだ。一緒に乾杯しよ」
「ほんと、たのしみ」
タカちゃんがあたしのこと気にかけてくれて、それだけで有頂天になれる。
「おばちゃん、まずネギチャーシュー二つとビール二本ね」
昼から飛ばすタカちゃんって、可愛い。

山盛りのネギチャーシューにLOVE❤

「これで300円なんだぜ。ビックリっしょ!」
タカちゃんと雄大くんが揃って言うのが可笑しくて、ようやく場が和んだ。
七海とも仲良くして、女子力高いとこもアピールしなきゃ。
「雄大、わたしビール苦手。レモンハイもらっていい?」
乾杯のタイミングで言うか!と心で舌打ちする。
程なくしてレモンハイが置かれた。
「じゃ、タカと咲菜さんの初デートに乾杯」
「かんぱ~~い」
な、なんだよー、と照れるタカちゃんが益々可愛いすぎる~。
この幸せな時に、かんぱい。

短冊に切られた焼き豚は脂身が甘い。
そして太くて食べがいがある。
露店の中華屋にしてはやるじゃない。
ネギは臭くなりそうで心配だけど、みんなで食べれば怖いことないか。
「これ、ビール進むよな~」
だな、とタカちゃんがグラスをひと口で空ける。
あたしはすかさず、瓶ビールを手に傾けた。
「ありがとう、咲菜ちゃん。こんな大衆的なとこでよかった?」
「ううん、イタリアンとかフレンチとか肩凝っちゃうから、気さくな店でよかったよ」
ほんとは、二人っきりでイタリアンにもフレンチにも行きたい。
でも、ここは我慢して初回のデートを成功させなきゃ。
とはいえこのネギチャーシューは、掛値なしで美味しい。
ボリュームもあるし、なんてったって、ピリ辛の味付けが絶妙だ。

美味しい餃子って何!?

追加で頼んだ、餃子が二皿テーブルに置かれた。
「最初はなにもつけないで食べてみて」
タカちゃんの言った通り、まずそのまま口に入れてみる。
ざっくりカットされた野菜の存在を感じた後、肉汁が口中に炸裂した。
しっかりとした味付けは、たしかに素のままがいいかも。
「タカちゃん、めっちゃジューシーだね」
「だよね。おれもいっちゃおう」
タカちゃんも餃子をひと口でほおりこむ。
あたしは肉の旨味と野菜の甘味の余韻にひたって、ビールを飲んだ。

目の前で七海が酢醤油に、ドボドボッと、ラー油を入れ続けている。
タカちゃんのアドバイス聞こえなかったのかな?
あたしたちの餃子談義をもてあそぶように、たっぷりの辛味油を素のままで美味しい餃子にコーティングしていく。
あれじゃ。せっかくの餃子の味がわからないじゃない。
あたしは心の中で叫んだ。
タカちゃんの目も点になっている。
そんなタカちゃんとあたしの目線を無視して、七海は真っ赤に染まった餃子を頬張った。
「雄くん、めっちゃ美味しいよ。わたしラー油大好き」
それって、ラー油の味しか感じないだろ。
あたしは心の中でツッコむ。
「お前、辛いの好きだもんな」
雄大くんは、七海にデレデレだ。
一瞬、七海とあたしの目が合う。
その目は笑っていなかった。
背中の芯がゾクッとする。
七海の本性が見えて、一抹の不安がよぎった。

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なんだかんだで餃子の皿が空になる。
ビール4本で完食した。

テーブルから見える厨房では、お兄さんが黙々と中華鍋を振り続けている。
タカちゃんが追加発注した炒飯かもしれない。
無表情だが、お兄さんの目は真剣そのもの。
大きなお玉で盛りつける炒飯は、ネギチャーシュー以上に大盛りに見えた。
あれとラーメンを丸々一杯食べるのか。
ええい、ままよ。
最後までラー炒大好き女子を演じるんだ、咲菜!
今日は週末、決戦の金曜日だ。
あたしの戦いは、これからが本番だ。

後篇に続く👆

撮影・執筆 / 虎(フー)


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