【BL二次小説】 炎の金メダル⑥
「脇締めろォ!指で空気を切るよォに!」
「脇しめろぉ!指で空気を切るよーにぃ!」
庭で健の走りを指導している荒北。
どうやら東京オリンピックが始まったようだ。
しかしテレビも新聞もネットのニュースも見ないので、どの競技が今どんな様子なのかは全く知らない。
健は短距離走に興味を示したようで、無茶苦茶な独学で練習を始めた。
見かねた荒北がさりげなく補正させている状況だ。
「視線は前だ!常にゴールを見据えろォ!」
「前だぁ!ゴールをみすえろぉ!」
荒北の言葉を復唱しながら走り回る健の才能は、まだまだ未知数である。
「健くんは将来アスリートかな」
新開はガーデンチェアに足を組んで座り、微笑ましくその光景を眺めている。
「……」
華はテーブルでスケッチブックに絵を描きながら、何か言いたそうだ。
「どうかした?華ちゃん」
「……お兄ちゃんがね、最近……」
「最近?」
「ハカセの喋り方をよく真似するの」
「ええ?」
「悪い言葉遣いだからやめてって言ってもやめないの。カッコイイと思ってるみたい」
「あっははは!」
大笑いする新開。
膨れっ面の華。
「笑い事じゃないんだってばジョシュ。ハカセの喋り方って怖いから嫌いなの」
「そうかい?」
「ジョシュはハカセが怖くないの?」
「怖い?博士が?」
新開はニッコリと微笑んだ。
「全然怖くなんかないよ。博士はね、とっても優しい心の持ち主なんだ」
「うそ」
「嘘じゃないさ。確かに口は悪いけどね。照れ隠しで言ってる面もあるんだよ」
「……ふーん」
「博士はとっても優しくて、とっても頭が良くて、とっても強くて……そして……」
新開は間を置いて言った。
「……とっても弱い」
「……?」
華は不思議そうな顔をしている。
「ジョシュはハカセが大好きなのね」
「ああ。大好きだよ」
新開は瞳を輝かせ、荒北の姿を目で追う。
「博士はオレをとても大切にしてくれる。オレすごく幸せなんだ。ずっとこの幸せが続いてほしい。博士はオレの全てだ。博士が死んだら……オレも死ぬ」
驚く華。
「そんなに好きなの?あ、もしかして、この前言ってたジョシュの好きな人って、ハカセのこと?」
「ああ。そうだよ」
新開は笑顔で躊躇なく答えた。
「二人はとっても仲良しなのね」
「とってもね」
華はなんとなく理解出来たような気がした。
新開は華のスケッチブックを覗き込む。
庭の花々が華麗に描かれている。
その手前に人物らしきものも。
「今日も素敵な絵だね。どんどん上手くなる」
「私、大きくなったら画家になるの」
華が得意げに言う。
「ええ?最初の頃はケーキ屋さんになるって言ってたよね?この前はオレのお嫁さんになるって。今度は画家かい?」
「そう。画家」
「ははっ。子供って面白いなぁ」
朗らかに笑い声を上げる新開。
華の描く人物が着色されていく。
背の高い男性。
赤い髪。
白衣を着ている。
「ん?……これは、もしかしてオレかな?」
「そうよ。ジョシュ」
「オレを描いてくれてるんだ。嬉しいね」
絵の進捗に注目する新開。
華はクレヨンで色を塗りながら説明する。
「ゆうべね、ジョシュが夢に出てきたの。これはその絵なの」
「ヒュウ!オレが華ちゃんの夢に?それは光栄だ」
「お庭がお花でいっぱいでね。その中にジョシュが立ってるの」
そう言って、華は水色のクレヨンを手に取った。
スケッチブックの中の新開に水色を描き足す。
両目の下に雨粒のように点々と。
それは足元の地面まで続いていた。
「……涙?……泣いてるのかい?オレ」
「そう。夢の中のジョシュは泣いてたの」
「……なんで……?」
「わかんない。私ね、言ったの。泣かないでジョシュ、って」
「……」
涙を流している自分の絵を凝視する新開。
「でも泣きやんでくれないの。ずっと泣いてるの」
「……」
「どうして泣いてるの?何があったの?って聞いたの。そしたら……」
「……」
「“悲しいんだ。とてもとても。悲しくてたまらないんだ”って言ってたの」
「……オレは……」
困惑した複雑な表情の新開。
「オレは泣かないよ……」
「うん。ジョシュはいつも笑ってるものね。変な夢だったな」
華はクレヨンを置いた。
新開はずっと絵を見つめ、思い詰めた顔で呟いた。
「オレは……泣いたりしない……」