息がとまるほどに
今年トシちゃんを見てなつかしい我が少女時代を思い出したので、ぜひ慎吾ちゃんもということで。
彼はもう数十年も前から「慎吾」ちゃんではないのだけど、私にとってはひらがなではないので、あしからず。
慎吾ちゃん、今年で還暦だとか。 そう、彼はもうオジさん、私もオバさん。
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初めて彼をテレビで見たときのことを思い出す。実は先に名前から知った。 クラスの女子らがワイワイと番組の話をしている。 「コニタンがね、B作さんがね、風見慎吾がね」。 私は見たことがない「欽ちゃんの週刊欽曜日」。 ちょうど40年前。
私が見ていたのは「欽ドン! 良い子、悪い子、普通の子」。その面々をなんとなくイメージする。 イモ欽トリオやヨシ川先生、ワル川先生。 ほのぼの楽しくて、見た目はまずまずの人たち。
そんなある日、画面で「風見慎吾」なる人に遭遇する。「わ! こんなに若くて爽やかな人なの!」 それが第一印象。
「イモ欽」の長江健次クンや「欽どこ」の「わらべ」もそれなりに可愛いかったけど、あくまで素朴な雰囲気によるもの。だけど、慎吾ちゃんはルックス的に可愛さが突き抜けていてマスクも良く、「欽ちゃんファミリーなのにカッコイイ! 」と、巷の女子にはうれしい驚き。 番組企画で出したデビュー曲は大ヒット、ランキング歌番組にも出演。二曲目もなかなかのヒット。
アイドルのようなルックスなのに、コントをしてもトークをしても自身の言葉で笑いを取りにいく三枚目。 演出としての「ビジネス個性」じゃなく、奥から芯からにじみ出る独自性。
レギュラー番組以外の出演はほとんどしない希少感。三曲目のころ彼は歌番組には全く姿を見せず、約一年後に四曲目で久しぶりに登場。
「あれ? この人ってこんな感じだったっけ?」
それまでのアイドルとは全然違う、見たこともないような衣装とヘアスタイル。そして、バックダンサーたちとにわかに踊り放つ!
「え? 何これ!?」
どう反応していいのか、それまで味わったことのないような不思議な感覚。
彼のダンスは日本中の子どもたちのハートを鷲掴みにし、昭和の若者たちの情熱を煽った。「あんな風になりたい!」
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彼は仕事で自身の故郷にいた。
幼少期と思春期を過ごしたところ。 根っこと幹がある母なる大地。
世界が初めて味わう悲しみが降り注いだところ。その悲しみを携えて人々が歩みを続けてきたところ。
> 彼はなぜ日本中を巻き込み その奇跡を起こし得たのか <
少年にどんなに時が経ち、若さが無くなっても、体力を失っても、恋心を忘れても、大切な人をなくしても、高みを目指そうとする知性が消滅することはない。
昭和から今まで、広島から日本中の若者に理知の風が吹き続けている。
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