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頭脳と教養のブレイクダンス

夢に着実にトライするところが、ひたむきで理知的な彼の魅力
「風見慎吾 耐寒座禅  総持寺で精神修行」 magazine h 1984

私は80年代半ばから芸能に関心をなくし、21世紀に入りネット動画が充実するまで20年近くアイドルのダンスを見ることはありませんでした。その間、仕事絡みで数百の国内外のダンス作品(芸能ではない)を観る時期があり、その後、動画サイトで久しぶりにトシちゃんや少年隊忍者の過去の踊りを見て「おお、昭和アイドルでもこんなに激しく美しく踊ってたんだ」と改めて感心したものでした。

慎吾ちゃんのダンスを見た時も記憶より上手く激しく踊っていて凄いと思いましたが、同時に、他の人のダンスとは何かが決定的に違うと感じました。リリース当時はブレイクダンスの不思議な動き軽々としたアクロバットに目を奪われましたが、時を経て最も衝撃を受けたのは彼の内側から生じる身のこなし、そしてその躍動による空間支配でした。曲や空間を完全に自分のものにしているのに驚いたのです。

曲と空間を背に、それらを自分の踊りでぐいぐい引っ張って行くように見えたのです。「オレについてこい!」と言わんばかりに。息を切らしながら歌っていたとしても。

そして、その踊りに猛烈な意志と知性を感じました。

‘ 知性とは自立していること 自力で生み出すこと ’

それで当時を思い出したり見直したりして、ブレイクダンス導入は自身の主張バックダンサーを自ら探しに行き曲作りも主導、振り付けも自分で、つまり本格的なプロデュースを演じ手である慎吾ちゃん本人がしていたことを改めて認識し、「ああ、なるほどね」と腑に落ちたのです。

「作詞をするところから、アレンジから、踊りの振り付けから、全部自分でやったんですよ。振り付けも全部自分が考えてウェイブに持ってって、みんなで踊りながら彼らの意見も取り入れていったしね。ほんとに『涙の…』を作るまでの過程で、スタッフやウェイブやみんなと一生懸命取り組んでやったんですよ。」  風見慎吾 BP New Year 1985

バックダンサーとのユニゾンやルーティン、ステージごとに入れる技やフレーズを数個決めておいてあとはその時のフィーリング、つまり体の赴くままに踊っている。だから曲や空間を乗っ取っているように感じられるんだと。何かに従うことなく「空間に自在」してるから。

奥底から湧き出るものを、身体の持ち主として思うがままに飛び散らす。

湧きあがる、溢れ出る、迫りくる、はしゃぎまわる、弾け飛ぶ!

誰にも何にも支配されていない「一国一城の主」のダンス。

立脚しているところはダンスの基礎原則やプロによる緻密な振付けではなく自分自身

これを可能にするには高い感性と知性を要し、新しい文化、特に外国の文化に敏感に反応し自分のものとして取り入れるにはそれを受け止めるための器、つまり教養という内なる蓄積が必要です。

慎吾ちゃんにはそれがあったから、若者文化とエンタメ界の大革命を成し遂げられたのではないかと思っています。

外国の文化から着想を得て独学でマスターし、ショーとして作品化し、さらにそれをヒットさせるというミラクルな展開が実現出来たのは、賢いからだと。

通知表はいつもオール5。自分から中学受験をすると言って塾に通い、広島でとびきりむずかしい学院中学に合格。 shogakkan  1983

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For Life Records  1984

慎吾ちゃんは異例の進学校卒アイドル。晃司クンもSD校出と当時さんざん雑誌で書かれてましたが、私、それがいかほどのレベルか実はよく分かっていませんでした。秀才であることが完全イコール教養があるというわけではないにせよ、関連性は大いにあり、そういう学校はたいてい文化水準が高い傾向にあります。

ここで知性や知能の高い級友たちに囲まれて思春期を過ごし、(勉強をさぼって)映画を何百本も観たりUKパンクロックに夢中になったりディスコやストリートで踊ったり女の子とデートして振られたりしながら、教養独自の感性を高めていったのだと思います。そういった素養が後々のクリエーションを支えたのだと。

「最近はブレイクダンスの一種 “バトルダンス” を練習中。ヌンチャクとか振り回すというケンカをモチーフにしたダンスなんだぜっ。いまLP製作中なもんで、激しいダンス・ミュージックばっか、やたらと耳にしてる。だから自分の部屋にいるときくらいは全然別の音楽が聞きたくなっちゃって、今はもっぱらエリック・サティ。

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shueisha  1985

ちょっと過激なクラシックでさ、『ピアノ』とか『ぶよぶよした物体の前奏曲』とか『いやらしい気取り屋のための高雅なワルツ』とかをよく聞いてるよ。」   風見慎吾 shueisha 1985

本当の意味でのインテリジェンスというか。頭脳明晰なだけなのではなく、知識や経験があるだけなのでもなく、両方を持ち合わせた上で人生で出会うものを自分のものとして取り込む。そしてそこから湧き出でるものを放つ。 

慎吾ちゃんのダンスに触発された振付家のTAKAHIRO(上野隆博)さんも、踊りを始める18歳まで過ごしたこうした時間こそが創造に役立ったと語っています。   

「 技術も大事だけど自分が良かったのは、18年間ダンスをしてない時間があったこと。その時間はラジオを聞いたり、空想の世界にふけたり、それが今の想像力に繋がっている。」      TAKAHIRO/上野隆博     TIME AND TIDE   J-WAVE 81.3 FM   2017/10/21

私もかつて仕事で多くのコリオグラファーと関わりましたが、賢い人が多かったです。やはりあらゆる面で教養が高く、そのことが他文化享受のアンテナや受け皿になって、外部からの刺激と自身の内なる蓄積との融合による創造に繋がっていました。

まずは徹底的に現実を観察し、実践の活動を通して世の中の具体をつかみ、それを頭の中で抽象化して思考の世界に持ち込む。そこで過去の知識や経験をつなぎ合わせてさらに新しい知を生み出したのちに、それを再び実行可能なレベルにまで具体化する。これが人間の知とその実践の根本的なメカニズムということになると考えられます。    細谷功 『具体と抽象』 dZERO 2014

いわゆるアイドルだった慎吾ちゃんが生来頭が良くインテリ環境にいたというのは、ヒップホップやブレイクダンスといった外国の不良文化日本のエンターテイメントや若者文化に健全に落とし込んだという点において重要なポイントだと思います。外来のカルチャーをただ追随するだけでなく、それを独自の作品へと転換できる知性や創作能力の基盤として。

‘ 知性とは自由意思を持つこと 自分の行動を決めることができること ’

慎吾ちゃんがテレビでブレイクダンスを披露したとき、視聴者は彼の知られざる身体能力に度肝を抜かれましたが、作品化を実現させた彼の知性までには意識が及ばなかったでしょう。

‘ 知性とは自由意思を持つこと そして、物事の仕組みが分かること ’

さらに慎吾ちゃんが異例だったのが理系だということ。このころ芸能人のほとんどは文系の人でした。アイドルにおいては皆無。

機械工学科、得意科目は材料力学と線形代数    風見慎吾    kodansha  1983

重心、遠心力、慣性、負荷、摩擦、ベクトル、モーメント…

高度な技を用いるブレイクダンスの会得において物理が得意な理系的感覚が独学で挑むにあたり有利に働いたのでは、と。本質を追求原理から導出。こう力を入れたらこう作用するからこう動けるだろう、といった力学視点のアプローチ。メカニズムとしての踊り。科学のダンス

「これは見た目ほど難しくない。足を大きく開いてバランスを取るのがこつ。あとは首を床から離して惰性*で回るだけ。特に先生についたわけじゃなく、全く独学だから、キミだって絶対できるよ。」 * 物理学用語、慣性   風見慎吾    shueisha  1985 

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shueisha 1985

すごいなぁと感心させるだけではなく、「どうなっているんだろう」「自分もやってみよう」という少年の知的好奇心と行動力を呼び起こす。

「“どうしてあんなにクルクル廻れるんだろう?” ”どうして思い通りにできないんだろう?” “こんな僕でもできるのかな” と好奇心が刺激されました。単純に自分にもできるのかどうかやってみたかったんです。

キミだって絶対できるよ

そして、心のどこかで ”きっとできるはず!” と自分を信じている部分もありました。」  TAKAHIRO/上野隆博 インタビュー  EDOX LOVERS Official Site 

教養と思考の高さ。それが、憧れを生む力。高い視座から思考する。どうすれば人々が幸せか自分の人生を通じて得てきたものを繋げ、体系にする。

「『涙のテイク ア チャンス』にはガキのころからの思い出、いっぱいつまってる」     風見慎吾    shueisha 1985

現在に至る歌謡史の中で、『涙のtake a chance』はダンスという面での最大の衝撃作です。「何だコレ? 凄い!」と世間がざわつき、学校では多くの子どもたちが真似て踊りました。波動を起こし、共鳴を生んだのです。その後40年近く、ダンスが上手いグループや売れた曲は出てきましたが、これほど一般大衆に対して影響力があった作品はありません。正に革命でした。

「エジソンと忍者を融合した革命的なもののように見えた。」
TAKAHIRO/上野隆博  TIME AND TIDE J-WAVE 81.3 FM 2017/10/21

新しいジャンルの提示とその普及だけでなく、日常や生活空間で踊ってみようとする空気の醸成男の子が踊るというカルチャーの拡大ヒップホップ文化の導入。曲の世界を直接的に演出する振付けから抽象表現としてのダンスへ、事前に振付けられた踊りから感じるままの自由な踊りへの転換、さらにダンスを前面に押し出す歌唱スタイルという変革。従来のジャズダンス系のラインとは別のストリート系というもうひとつの系統を派生させる起点

正規のダンスレッスンを受けることのなかった田舎の進学校卒のひとりの青年が、これだけのことを成したのです。

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shueisha  1985

‘ 知性とは自由意思を持つこと そして、利他の精神があること ’

Be a man for others, with others.  

あなたの賢さは、いつか大人になったときに、自分が得するためではなく
人を幸せにするために使いなさい