見出し画像

パリ五輪 ブレイクダンスと野球

このたびパリ五輪2024の採用不採用競技が発表されました。ブレイクダンス関係者の方々、初採用おめでとうございます。

このニュースにおいて、「野球はブレイクダンスより下なのか」「王貞治が風見慎吾に負けた」「1975年に広島市民球場で慎吾ちゃんに砂をかけられた星野仙一がまた怒る」とかなんとか言われているかどうか知りませんが、かねてから申しておりますとおり、ある種のソリューションが既に披露されております。1985年3月14日、某ランキング番組にて。

こういうシアトリカルな見せ方は、かつて身体表現芸術の企画に関わっていた身として胸がいっぱいになります。慎吾ちゃんが乱入した例の乱闘試合の様子を再現しているのでしょうか(でもカープの方が攻撃だったから逆)。ダンスで決着を付けようぜというのが、ブレイキン精神を表していて素敵です。多忙な人気アイドルが、85年の時点で指導者もいないのに生放送でここまでやってくれているのは驚嘆ものですね。

「五木ひろしサンが “いーなあ、みんなで汗かいて。慎吾クンたちが出てくると、そこだけスポーツ番組になっちゃうよ” って言ってた。スポーツに負けない汗かいて、スポーツ以上の爽快感!   道具なんかいらない、審判もルールもいらない、音楽さえあればいい。」    風見慎吾 shueisha 1985

1984年夏、ロサンゼルス五輪で世界が沸く中、慎吾ちゃんがブレイクダンスツアーで日本各地を巡ってからちょうど40年。情熱はパリで花開きます。

真っ赤な、真っ赤な、炎と燃える真っ赤な花が、いま、まぎれもなく開いた。苦節26年、開くことのなかったつぼみが、ついに大輪の真っ赤な花となって開いたのだ。   津田一男 「強じんな雑草 いま大輪の花」 球心  中國新聞 1975年10月16日 広島東洋カープ  リーグ初優勝翌日

☆彡

ここでちょっとした思い出。2000年代初頭に政府出資の国際ダンスイベントの運営に関わりました。その中にストリートダンス部門があり、いくつかの日本のチームと韓、仏、米などから招いて、それぞれステージパフォーマンスをしてもらいました。合同でバトルと銘打ったステージもあったけど、基本的にはそれぞれのチームによるショー。国際的な名門チームぞろいだったのに私はその価値も分からず、開催前はどういう方法で広報していいのか途方に暮れ集客に苦戦したものです。

国際イベントということで、デイリーヨミウリやジャパンタイムズなどで告知したら、当日「ワタクシ、英字新聞読んでますのよ」的なハイソでインテリそうなオバ様、もとい奥様みたいな方々も観客としてチラホラご来場。内心「場違いじゃないのかな、大丈夫かな」と思っていたら、公演が終わった後、何人かの奥様方がわざわざ私のところまで話しかけに来て、「素晴らしかったわ!感動した」と口々に言ってくれました。ストーリー性を帯びたステージ作品もあり、技の見事さとあいまって、本来のターゲット層じゃない人たちも魅了したのでしょう。

五輪は競技だから一対一のバトル形式ですが、関連イベント等でこういったパフォーマンス形式の公演があったらきっと話題になり大いに盛り上がると思います。