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ショートストーリー

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短い物語をまとめています。
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#煙草

迷宮入り。

迷宮入り。

嘘しかつけない日に良い事があった。
正直に過ごそうとした日は怒られた。

嘘をついてはいけませんと教えられたけど、正直なことが良いわけではないらしい。ついていい嘘というのもあるらしい。

嘘をついて、笑って見せた。
正直に泣いた。

朝から、元気に挨拶した。
やりたくないことを断った。
みんなの話題に話を合わせた。
知らないところで起きた悲惨なニュースを消して、ゲームの続きをした。
もう会う気のな

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嘘というのも悪くない〔ショートショート〕

嘘というのも悪くない〔ショートショート〕

 やってみたい事になかなか手をつけられない場合、その人は嘘つきなのかな。仕事帰りの夕暮れ時、コンビニの前の喫煙スペースは今日も貸し切り、私しかいない。
 日が長くなって来たから、右手に挟んだ煙草のけむりがいつもより薄く昇っていく。その先には、白い月。
 水彩?
 油絵の具?
 色鉛筆?
 あの月にさえ、何を塗ったら良いかわからないのに、今朝、晴れていたのは自分のお陰だと無根拠に気分が良くなった自分

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灰皿にスプリング

灰皿にスプリング

 4月1日にオレが始めたことといえば、読みかけで積読になっている短篇小説集を切りの良いところまで読んで栞を挟み直したくらいで、履き慣れたウォーキングシューズで歩くことになんら変化は無かった。昨日、散髪に行ったが、それは単なる偶然。
 
 床屋のドアを開けると、床屋のおやじが煙草を片手にこちらを見る。
「ちょっと待ってくれ。お前も吸うか?」
 そう言って差し出す煙草を一本受け取り、隣に座る。
 オレ

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幼い頃から

幼い頃から

 罪悪感を感じたというのが、はじめて恋を知った日の感想だった。
 その日、はじめて床屋に入った。中学に入学するからと父に連れられて入った床屋にあなたがいた。
 決して手が届かないと思った。けれど、それと同時にふれてみたいとも思った。手を伸ばしたいというより手を引かれていく、そういった感覚だったのを覚えている。

 まだ髭の生えていない頬をカミソリで剃る前に、あなたがゆっくりと撫でていった。冷たい手

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月と太陽の友情は存在するのか。

月と太陽の友情は存在するのか。

「無事、朝が来てくれた」と、狼男は安堵した。
彼の住む森に、今日も穏やかな太陽が顔を見せる。
朝が来ると木こり小屋で軽い朝食を済ませてから、すぐにタバコ畑の様子を見に出かける。それほど広くないが、狼男はそこが好きだった。朝日を浴びた土のにおいと、緑の力強さを感じることができるから。
それから、自分で巻いた紙巻きたばこを煙草ケースに詰めなおす。
彼が考案したシガレットペーパーは愛煙家からも好評だった

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暇だったから、ただ暇だったから。

暇だったから、ただ暇だったから。

無数の花が咲く花畑を、その人は、丘の上のベンチから眺めていた。

この中に四つ葉があるのだなと思うとすこし幸せだし、なにがあるか見えない深海の底には、恐れと好奇心を連れてくる。

その人は、靴ひもが片足だけほどけているのに気が付いていたが、そのままにしていた。

シャボン玉を吹くように息を吐く。
ビーチの砂利の大きさをバラバラにするために風を吹かせた。
それと同時に、何かの火が幾つか消えた。

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雨からは傘が守ってくれるのに。

雨からは傘が守ってくれるのに。

買ったばかりの小説が、残りのページ数を減らしながらクライマックスに向かっていく。
コーヒーショップの端の方に座り、わたしは小説を読んでいた。
グラスの中のアイスコーヒーが減り、溶けた氷のだけが抵抗いている。

いつのまにか、わたしたちは定期的に数字を確認しないと生きていけなくなってしまった。それは、何故かわからない。
この国では聞いたこともない依存症の名前がピョコピョコ顔をだす。だけど、ここは少し

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