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消雲堂
2021年7月13日 00:22
21年前…のことです。その日は担当雑誌部門の打ち上げがありました。月刊誌の編集が終了したあとに必ずやるんですね。でも、僕は酒が飲めないので、この無駄な習慣が大嫌いでしてね。僕だけ家が遠いので早めに切り上げました。御茶ノ水駅から千葉の自宅に帰るんですが、駅に着く直前の聖橋の上あたりだったかな。神奈川に両親と一緒に住んでいる妹から電話があったんです。「帰ってきたら、お父さんが倒れてたの。これか
2021年5月4日 02:22
理恵と翔太と真理は談笑しながら妖の間に戻ってきた。「いい風呂だったね。湯船にお父さんがいるみたいだった」翔太が言うと理恵が笑った。少し寂しそうな笑顔だった。「お前たちは20年前にお父さんとここに来たことを良く覚えているんだね。湯船の中で溺れたお前が見えなくなってさ、お父さんが慌てて必死になって、湯船の底に沈んでいたお前を助け出して…」「うん、覚えてるよ…って、うろ覚えだけどね。あのとき
2021年5月3日 00:38
「どうしよう…」健太郎は慌てた。「どうした?」声が聞こえた。声の方を見ると、あの女将らしい老婆が立っていた。健太郎は慌ててタオルで前を隠して「大変です。妻と子どもたちがいなくなったんです。もしかしたら風呂に沈んでいるのかも…」と言うと老婆は笑った。「お前の身勝手な理由で無理心中しようとしていたくせに心配するとは笑止千万…」老婆の高笑いが浴場に響いた。「え?」健太郎は驚いた。何で知っ
2021年4月19日 01:09
「母ちゃん…」健介は、ずぶ濡れのまま用水路に立とうとしたが、水流でバランスを崩して、また倒れた。湧水は夏でも冷たい。それを見て母が健介に手を差し伸べた「なんだ、お前、帰って来たのげ? 5年ぶりじゃないか」母の顔を見ると嬉しそうな表情だった。母が亡くなってから8年ぶりに見る母…。母の顔を見るなり涙が溢れた。母が驚いている。「母ちゃん、ごめんよ」両手で顔を覆って幼児のように泣いた。「何だ、
2021年4月14日 00:43
「うわっ」探偵紳士のインパネスに覆われた健介は目の前が真っ暗になった。突然、足場が無くなって、そのままスーーーッと、もの凄い速度で地下に吸い込まれる感覚だった。全身の血液が上昇して脳に集まってくる。堪えきれずにそのまま気を失った。遠くで誰かが僕に向って手を振っている。見たことがある風景がその人の後ろに広がっている。「ああ、僕の故郷だ。ああ、あれは母だ。7年前に故郷で突然死してしまった母だ。
2021年4月12日 01:07
佐藤健介は48歳、中堅出版社に勤めている。妻とは2年前に死別している。18歳になる一人娘の里奈がいる。その日は締め切り日で無事入稿を終えて帰宅する途中だった。最寄り駅の中央林間駅で田園都市線から小田急線に乗り換えるために歩いていた。田園都市線の改札から小田急線の改札までは50メートルほど。エスカレーターで階上に上がれば小さなショッピングモールがある。健介が小田急線の改札口に近づいたときに、ひとりの
2021年1月27日 13:46
僕たちは、日々、会社や学校まで電車やバスに乗って通います.これが生死運命の全体像です.始発駅が誕生で到着駅が死です.簡単に書いてしまいますが、まあ我慢してください.人によって通勤通学時間は変わります.家の前が会社や学校の人もいるだろうし、3時間以上かけて通う人もいます.この所用時間が人生時間です.通勤通学場所が家の前の人は生まれてすぐに死ぬ.長い時間をかけて通う人は長生きということになります.
2021年1月25日 10:54
以前勤めていた会社の元上司Mから送られた手紙を水道橋の神田川に捨てたことを思い出した。妻が乳がんの摘出手術をする前のことだった。手紙の主であるMは、僕が所属する業界新聞の副編集長だったが、大阪生まれなのに要領の悪い人で、定年過ぎまで長く会社に勤めた後に肺がんを患い、埼玉県にあるがん病院に長く入院した後、あっけなく死んでしまった。そのMが肺がんで入院したと聞いたが僕は見舞いに行かなかった。当時、
2020年12月25日 00:07
65歳の田村茂は、ある日、最寄り駅のホームで見知らぬ男に呼び止められ、突然「あなたは時間旅行できる能力がある」と言われた。突拍子もないことを言われた田村は「新手の宗教勧誘か?それとも金をせびるケチな寸借詐欺か?」と用心した。男は自分と同年代のようで、痩身に吸い付くような黒のスーツを着て、同色のネクタイも緩めずに締めていた。奇妙な事を言うわりには柔和な表情をしていて、宗教勧誘や寸借詐欺には見えな