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生死生命論「続 過去に生きる男3」

「母ちゃん…」健介は、ずぶ濡れのまま用水路に立とうとしたが、水流でバランスを崩して、また倒れた。湧水は夏でも冷たい。

それを見て母が健介に手を差し伸べた「なんだ、お前、帰って来たのげ? 5年ぶりじゃないか」母の顔を見ると嬉しそうな表情だった。母が亡くなってから8年ぶりに見る母…。母の顔を見るなり涙が溢れた。母が驚いている。

「母ちゃん、ごめんよ」両手で顔を覆って幼児のように泣いた。

「何だ、お前、あっちで何かあったのげ? とにかぐ、そのままでは風邪をひぐがら上がってこい。よいしょっと…」母が僕の右手を掴んで引っ張り上げた。健介はそのまま母の胸に飛び込んで、また泣いた。

「うえうえうえ…」本当に号泣して何も話すことができない。

「母ちゃんの気持ちも全然考えず…うえ~、帰ってこなくて本当にごめんよ。毎年、こうやって待っててくれたのに…うえうえうえ…そんなことも知らないで、オレはオレは…うえうえうえ」

「ばがだな、お前は。ほら、わがったがらぁ、まぁ風邪ひぐがら家に入れ」ヨチヨチ歩きの幼児が母親に手を引かれるかのように健介は母に支えられて歩いた。

そのとき、思い出した。探偵紳士はどうなったんだ。振り返ると、あの探偵紳士がまだ宙に浮かんでいて、健介に向って手を振っていた。

「あの、僕はこれからどうすればいいのですか?」探偵紳士に向って叫んだ。

「親孝行してください」探偵紳士は優しく微笑んだ。

「何だ、どうしたんだ健介」

「母ちゃん、あの人がオレをここまで連れてきてくれたんだ」

「え」健介の母は探偵紳士の方を見た。

母親はあたりを見回して「誰もいないじゃないか」と言った。

「宙に浮いてるじゃないか」と言うと、健介の母は健介を睨みつけて「お前、久しぶりに会ったのに、からがってんのげ?」

「私が迎えに来るまで親孝行してください」探偵紳士が言った。

「母ちゃんには、あの人が見えねぇのげ?」と探偵紳士を指さすが母には見えないようだった。

「すったらごど、どうでもいいがら、早ぐ中に入れ。ほんじなす」

「いでででででで…」健介は母親に腕を強く掴まれて家の中に連れて行かれた。

それを見ていた探偵紳士は「子どもを思う親の気持ちを少しでも理解できればいいのですがね…」と言うとインパネスを翻して消えた。

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