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生死生命論 「続 過去に生きる男」

佐藤健介は48歳、中堅出版社に勤めている。妻とは2年前に死別している。18歳になる一人娘の里奈がいる。その日は締め切り日で無事入稿を終えて帰宅する途中だった。最寄り駅の中央林間駅で田園都市線から小田急線に乗り換えるために歩いていた。田園都市線の改札から小田急線の改札までは50メートルほど。エスカレーターで階上に上がれば小さなショッピングモールがある。健介が小田急線の改札口に近づいたときに、ひとりの紳士に声をかけられた。

その紳士は健介より年上なのがわかるくらいで、端正な顔の輪郭を覆うように白髭をたくわえていた。長身で姿勢も整っており、実際の年齢は想像がつかなかった。紳士は今時珍しい木綿の黒い着物に同色の袴を穿いていた。着物の上には上質そうなウールのインパネスを羽織っていた。

「もしもし、あなた…」

「はぁ」

何かの勧誘かもしれないと思ったが、その紳士の堂々とした物腰には営業的なイヤらしさが感じられなかった。健介は疑うことなく立ち止まってしまった。

「何でしょうか?」

紳士は懐から大きな虫眼鏡を取り出して僕を舐めまわすように覗き見た。「うむ、あなたは自分の能力に気がついていないようですね」

「僕の能力? あ、ところで、アナタは?」

「あ、これは失礼した。わしは心象探偵の異能清春と申します」

しんしょうたんてい…確かにそう聞こえた。しんしょうとは何のことだろう。

「しんしょう?」

「心象探偵というのは、心の中に現れるイメージから、その人に起こるであろう事象を予測する探偵のことです」

「聞いたことがないですね。勧誘ならばお断りします。それじゃ…」

すると、探偵と自称する紳士は健介の腕をぐいと掴んで笑った。その人なつこい笑顔は、健介の危険を感じる感覚を麻痺させてしまった。

「あなたは、時間を旅行できる能力をお持ちなんですよ」

「バカなことに付き合っている暇はありません。失礼したいのですが…」

「バカなことではありません。あなた、最近、最愛の奥様と死に別れておられるでしょう?」

「よくわかりましたね。それが何か?」

「ふふふ、あなたは時間を旅行できるのですから、奥様が生きておられる時間まで時間をお戻しになればいいじゃないですか」

「ふざけないで下さい。僕にそんなことができるはずがないじゃありませんか!」

「それでは、試しに僕と一緒に行きましょう。ですから心配は無用です。さあ…」紳士は僕の腕をさらに引っ張る。

「やめてください。家では娘が僕の帰りを待っているのですよ」

「ふふふ、娘さんは大丈夫です。あなたは時間を旅することができるのですから、たとえ娘さんに何があろうと、どうにでもできるんですよ」

「娘に何があろうともとは何ですか!縁起でもない!」

人の往来が激しい中で思わず大声を出してしまった健介は慌てて周囲を見回すが、沢山の人たちが行き来しているのに誰も彼らに目を留める者はいなかった。夢を見ているような現実感のない不思議な感覚だった。

疲れているからか…?

「まぁ、そう大声を出さないで下さい。たとえばの話ですよ。困ったな…あなたは亡くなった奥様に会いたくないのですか」

「…」

「奥様に会いたいでしょう? さあ、時間を遡る旅に出発しましょう」

心象探偵は、そう言うと、身につけているインパネスを翼のように広げて健介の全身を覆った。


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