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2023年 新作ベスト10

今年は社会人3年目ということで、大きめの仕事も舞い込んできて、昨年以上に時間を捻出するのが難しい年だったため、全体の鑑賞本数は昨年より200本近く減ってしまった。しかし、新作鑑賞本数だけだと+27本ということで、かなり新作の割合が高くなっている上に、昨年と異なり多くの素晴らしい作品に出会えた。また、社会人になって初めて釜山映画祭に行ったこともあってか、年末追い込みは例年より余裕を持って臨むことが出来たのも良かった。今年は年初から11年かかった"死ぬまでに観たい映画1001本"を完走したり、webゲンロンに東欧映画の記事を、12月にもele-king cinem seriesの年間ベスト号に年間ベストを寄稿したり、ありがたく充実した年になった。今年の"新作"基準は以下の通り。

①2023年製作の作品 194本
②2022年製作だが未鑑賞/未公開 103本
③2021年製作だが未鑑賞/未公開 10本

今年の選定基準です。

尚、下線のある作品は別に記事があるので、そちらも是非どうぞ。


1 . La Chimera (アリーチェ・ロルヴァケル)

あまりにも素晴らしくて、終盤は涙が止まらなかった。失踪した恋人を探しながらエトルリアの美術品を求めて墓荒らしを続けるイギリス人青年の物語。有形無形の"過去"は誰のものか?という問いに、生と死の境界を曖昧にしながら答えを探していく。それはさながら、死に場所を求めて彷徨うエトルリア人の見た夢。余裕の生涯ベスト。

1 . Here (バス・ドゥヴォス)

偶然の出会いと別れを描いた前作『ゴースト・トロピック』から更にパワーアップしたバス・ドゥヴォスの新作。夏季休暇を迎えて故国に帰ろうとする男の寂しげな挨拶回り、先の見えない迷路から目の前に世界が開けていくような新たな出会い。彼の感情をそのまま纏ったような静かな空間と柔らかな光、気付かなかっただけでそこにあった瞬間の数々の美しさ。
そして、なんと私のnote記事の副題"世界に出会い直す魔法"が予告編のコピーに採用されました!

2 . 夜のロケーション (マルコ・ベロッキオ)

アルド・モーロ誘拐殺人事件を様々な視点から眺めるドラマ。それぞれの確固たる信条に疑念を持ちながら、事件に対してなにも出来なかった人々の物語をモザイク的に構成する。旅団の丸星マークと聖体が重なるシーンが暗示するのは、共産主義者もキリスト教徒も根本的には等しいのではないか?ということ。そんなモーロの問いかけをベロッキオが証明していく。

3 . Human Flowers of Flesh (ヘレナ・ヴィットマン)

世界中から集った男たちを従えて、地中海を航行する女船長は、仏外人部隊の兵士に出会ってアルジェリアへ渡る。波のように漂流・反復する時間の先で、映画は当然の如く『美しき仕事』と交わっていく…こんな映画史懐古があるのかと驚嘆。
ちなみに、今年は同じく『美しき仕事』と交わる『Disco Boy』という映画を観たが、こちらは『美しき仕事』から情緒やエロティシズムを抜いて、エキゾチズムだけ残したみたいな映画だった。

4 . ゴンドラ (ファイト・ヘルマー)

盟友バフティヤル・フドイナザーロフの大傑作『コシュ・バ・コシュ』をヘルマー流に拡張アレンジした一作。二線のゴンドラのすれ違いを恋の駆け引きに転用した上手さ、一瞬のすれ違いに長い時間をかけることの豊かさ。すれ違いポイントの高さも"飛び降りる"ことへ繋げられる。

5 . 世界の終わりにはあまり期待しないで (ラドゥ・ジュデ)

多国籍企業の安全講習ビデオのためにブカレストを駆け回るADの終わらない労働と届かない声。無慈悲な現実、拡散されるヘイト、過去の映画からTikTokという社会問題と映像革新の最前線を切り拓く。この華麗に交通整理された猥雑さには美しさすら感じる。

6 . Riddle of Fire (ウェストン・ラズーリ)

田舎街を駆けるクソガキトリオが強奪してきたゲームをやろうとして様々なお遣いを頼まれるうちに魔女集団と戦うことになる話。ゲーム、レトロ、ファンタジー、フォークロア、空想をいいとこ取りして混ぜ合わせたみたいな贅沢な時間。誰かの記憶を覗き見るような懐かしさに溢れている。

7 . Trenque Lauquen (ラウラ・シタレラ)

失踪した同僚、図書館の本に隠された恋文、湖で見つかった謎の生命体を巡って謎が謎を深めていく奇妙なミステリー。そこには謎と謎が転写された現実世界が混在しており、謎を調べることで新たな謎が生まれ、調べる側の関係性も深まっていく。その上で"人間"という謎を260分かけて濃密に語っていく。

8 . ドミノ (ロバート・ロドリゲス)

娘を失った刑事が最強サイキッカーと対峙する話。この映画を観ると『BLEACH』に登場した鏡花水月にかけられたらこんな世界が見えるのかな、と思ってしまった。最近これと似た感覚を覚えたのは、竹本健治 『闇に用いる力学』がある。一体いつから鏡花水月を使っていないと錯覚していた?ならぬ、観客はいつから全知全能と錯覚していた?である。

9 . Music (アンゲラ・シャーネレク)

オイディプス神話を現代的に換骨奪胎しつつ、省略的に描くことで、未知なるものに名を与えるという意味での神話化を行わせる奇妙な一作。裸足=死のイメージと手="家族"のイメージが反復されることで、一家は崩壊と出会いを繰り返す。

10 . Red Rooms (パスカル・プラント)

前作『ナディア、バタフライ』で私の心を鷲掴みにしたパスカル・プラントの新作。"盲信"とは違った側面から"殺人鬼"に魅せられていく若い女をの日常と非日常。全く感情を表に出さない主人公が深みにハマっていく様を淡々と描く。主人公と犯人の視線を巧みに描くことで、それが交錯する瞬間の悍ましさが際立つ。

11 . The Temple Woods Gang (ラバ・アメール=ザイメッシュ)

バンリューが舞台のギャング映画で、彼らがサウジの王子から金品を強奪する話だが、ほとんどが緩い日常生活描写に費やされ、後に立場が逆転し反復される。淡々とした冷たい事実が並ぶ奇妙な一作。

12 . ブラックベリー (マット・ジョンソン)

世界を席巻したBlackBerry帝国の栄枯盛衰。オタク技術者たちとゴリゴリ体育会系営業マンの少年漫画のような出会いから、互いに背中を任せきったことで次第にコントロールを失って崩壊していくまでを臨場感たっぷりに描く。三部構成は"上手くいった例"、"上手くいっちゃった例"、そしてこれらを反省しなかった結果"上手くいかなかった例"として教訓物語のようにも見えてくる。

13 . 瞳をとじて (ビクトル・エリセ)

引退同然の映画監督が自らの人生や映画の未来に向き合う話。エリセのわりにめちゃくちゃ台詞多いなと思いつつ、後半1時間に圧倒される。対となる劇中劇『The Farewell Gaze』と『Close Your Eyes』が交わり合う見事さ。

14 . ポトフ 美食家と料理人 (トラン・アン・ユン)

調理シーンが実に見事で、その工程管理の徹底ぶりは流麗なカメラと人の動きとも繋がっていて、映画そのものが料理のようでもあった。良い意味での時間感覚のなさと、キッチンの暖かな光が素晴らしい。

15 . The Wall of the Dead (ウジェーヌ・グリーン)

現代のパリで、青年は死没した兵士に出会う。当然のように過去と現在が交わる中で、青年は兵士の不在によって世界に絶望する人々に"愛"を説いて繋ぎ止める。まるで我々の世界を挟み置くような正面ショットと刺し貫くような視線の美学。

16 . Kunstkamera (ヤン・シュヴァンクマイエル)

シュヴァンクマイエルのスタジオにある膨大な数の収集物/製作物をヴィヴァルディ"四季"と共にひたすら映し続け、紹介や記録といった枠を超えた"想像力の極地"まで誘う一作。前作『蟲』が遺作なら、本作品は死亡記事だ、という評にも納得なほど濃密に、彼の頭の中、そして人生そのものが垣間見える。

17 . パリの記憶 (アリス・ウィンクール)

テロ事件に巻き込まれたミアは、3ヶ月経っても事件当時のことを思い出せない。そんな彼女は他の生存者たちと交流することでトラウマと向き合っていく。被害者たちが現場で週一のミーティングを開いたり、SNSで当時の状況を集合記憶として共有していたり、決して一人で抱え込むなという思想が徹底されている。そして、繰り返される"手を握る"という最も単純で無武装の行為に希望が重ねられる。ともすると絵空事のようになりそうな物語に生命を吹き込むヴィルジニー・エフィラの上手さが光る。

18 . Tótem (リラ・アヴィレス)

父親の誕生日を祝いに祖父母の家にやって来た少女は、ピリピリとした大人たちを見て、不在の父親の未来を敏感に感じ取る。周りの子供たちが子供らしくする中で、一人"気が付いて"しまった彼女は、大人たちに悟られることなく、たった一人で感情の整理を付けなければならない。終盤で家族が集合するシーンは号泣した。

19 . How to Blow Up a Pipeline (ダニエル・ゴールドハーバー)

若者たちによるエコテロリズムの一部始終。エコテロリズム映画界の『オーシャンズ11』なんて呼ばれ方もしていた。エコテロリズムをカルト宗教的に描いた『ザ・イースト』や内ゲバと道徳的妥協に終わった『ナイト・スリーパーズ』と異なる、"衝撃と拡散"への緻密な計画が中心にある。それが成功するか否かという緊張感、切実で強烈な怒りを共有するスピード感ある時制操作が抜群に上手い。

20 . Enys Men (マーク・ジェンキン)

コーンウォールの沖合にある孤島で、崖の上に咲く白い花と古井戸をたった一人で観測し続ける女に、自らの過去と島の歴史そのものが襲いかかり、時間が混ざり合っていく。一人で『ウィッカーマン』とか『ライトハウス』やってるみたいな孤独と恐怖がある。

・旧作ベスト

上記の通り、今年は旧作を中心に鑑賞本数を削ったので、母数としては減ってしまったが、それでも納得のいくベストになったと思う。

1 . カマラ・カマロヴァ『Road Under the Skies』ウズベキスタン、ある少女の恋とその後
2 . アラン・キュニー『The Annunciation of Marie』"見えないこと"の反復の中にある"見えること"の神聖さについて
3 . バフティヤル・フドイナザーロフ『コシュ・バ・コシュ』タジキスタン、恋はロープウェイに乗って
4 . Binka Zhelyazkova『The Last Word』ブルガリア、囚われた女性パルチザンたちの抵抗
4 . Binka Zhelyazkova & Hristo Ganev『Life Quietly Moves On...』ブルガリア、パルチザン神話の果てしなき重さ
5 . アンドレイ・タルコフスキー『アンドレイ・ルブリョフ』
6 . Mircea Săucan『Meanders』ルーマニア、鉛筆の宮殿を建てましょう
7 . メーサーロシュ・マールタ『At the End of September』ハンガリー、英雄の妻はその後に
8 . Uldis Brauns『Motorcycle Summer』ラトビア、ある青年と花嫁の逃避行
9 . Binka Zhelyazkova『We Were Young』ブルガリア、愛を知る時間もなかった若きパルチザンたちの物語
10 . マイケル・スノウ『Presents』"見ること"の破壊性と"見たこと"で失われる瞬間について
10 . Aivars Freimanis『Puika』ラトビア、少年の目から見た農村の春夏秋冬

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