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マット・ジョンソン『ブラックベリー』カナダ、BlackBerry帝国の栄枯盛衰物語

大傑作。2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。マット・ジョンソン長編三作目。カナダ新世代の躍進が止まらない!昨年のベルリン映画祭でエンカウンターズ部門にアシュリー・マッケンジーの新作『Queens of the Qing Dynasty』が選出されたのも記憶に新しいが、今度は旗手たるマット・ジョンソンの新作がコンペに選出された!!今回のテーマはカナダの企業が開発し、一時は世界を席巻した携帯端末BlackBerryの栄枯盛衰である。物語は1996年オンタリオ州ウォータールーにて、リサーチ・イン・モーション(RIM)CEOのマイク・ラザリディスが親友で共同創業者ダグラス・フレギンと共に、実業家ジム・バルシリーへ向けた携帯電話機"PocketLink"の売り込みプレゼンで幕を開ける。この時点で、ラザリディスはプレゼン直前なのに異常音を出す中華製インカムを修理し始め、バルシリーは同僚の作った資料をネコババして自分の実績にしようとするという、かなりヤバい組み合わせであることが示唆される。しかも、RIMは世間に疎いオタク大学生たちが作ったベンチャーといった感じで、仕事中に社員全員でゲームしてたり、怪しげな取引を信じてたりと緊張感が全くない。そんな温室オタクの馴れ合い会社にゴリゴリの体育会系営業マンがやって来たのだ。ラザリディスはプレゼンが苦手だが技術力はあり、バルシリーは技術知識は皆無だが商品を売り込む力はある。どちらか一方では成立しない。まるで少年漫画のような出会いだ。物語は続けて2003年の敵対買収阻止、2007年のiPhone発売事件の二つを描いていく。二人は互いの背中を任せきってしまったことで、どんどん戦況を見失っていくのだ。現実もここまで行き当たりばったりだったのだろうか?よく世界シェア1位になったな、と。しかし、彼らは"世界一になろうぜ"なんて少年漫画のような台詞は一度も吐いてない。戦略なくして勝ち続けてしまったからこそ余計に、ラザリディスとバルシリーは予想外の状況をコントロールできなくなっていくのだろう。そう考えると、1996年の出来事は"上手くいった例"、2003年の出来事は"上手くいっちゃった例"、そしてこれらを反省しなかった結果、2007年の出来事は"上手くいかなかった例"として教訓物語のようにも見えてくる。

そんな栄枯盛衰の最前線を、まるでバルシリーとラザリディスの無茶振りを共有する一人のRIM社員になったかのようなモキュメンタリー的映像で駆け抜けていく。同時に、コテコテのオタクっぽいフレギンの格好やナード知識の引用といったノスタルジアにも傾倒している(ちなみに、フレギンはマジックテープの財布を使っていた、オタクへの認識は世界共通なのか?)。それはデヴィッド・フィンチャー『ソーシャル・ネットワーク』的な映像の拒絶なのだ。そこでようやく、遊びのような仕事のような、という創業当初から続くフレギンの精神が、ほとんど登場しない他の技術者たちを繋いでいたと知ることになる。コミックリリーフであるフレギンの登場が減るに連れて映画も失速していくわけだが、それがやはりBlackBerry帝国の失速とも重なっているわけで、上手いなあと。それじゃあフレギンの"これ終わったらみんなで映画観ようぜ"精神が正しいのかというとそうとも言えないが、全ての始まりに戻るラストから察するに、適材適所というかなんというか。

・作品データ

原題:BlackBerry
上映時間:121分
監督:Matt Johnson
製作:2023年(カナダ, フィンランド, アメリカ)

・評価:90点

・ベルリン映画祭2023 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1 . エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン『20,000 Species of Bees』スペイン、ルチアとその家族について
2 . クリスティアン・ペッツォルト『Afire』ドイツ、不機嫌な小説家を救えるのは愛!
3 . リウ・ジエン『アートカレッジ1994』中国、芸術と未来に惑う青年たちの肖像
5 . マット・ジョンソン『BlackBerry』カナダ、BlackBerry帝国の栄枯盛衰物語
6 . Giacomo Abbruzzese『Disco Boy』正面から"美しき仕事"をパクってみた
8 . アイヴァン・セン『Limbo』オーストラリア、未解決事件によって時間の止まった人々
10 . アンゲラ・シャーネレク『ミュージック』人間に漸近する神話のイデア
12 . セリーヌ・ソン『Past Lives』輪廻転生の恋と現世の恋
17 . 新海誠『すずめの戸締まり』同列に並ぶ被災地と遊園地
19 . リラ・アヴィレス『Tótem』メキシコ、日常を演じようとする家族の悲しみ

★エンカウンターズ部門選出作品
1 . Wu Lang『Absence』中国、"不在"を抱えた都市への鎮魂歌
2 . ダスティン・ガイ・デファ『The Adults』大人になった三人の子供たち
9 . ホン・サンス『in water』ほぼ全編ピンボケ映画
12 . ポール・B・プレシアド『Orlando, My Political Biography』身体は政治的虚構だ
13 . ロイス・パティーニョ『Samsara』ラオスの老女、ザンジバルの少女に転生する
16 . Szabó Sarolta&Bánóczki Tibor『White Plastic Sky』ハンガリー、50歳で木に変えられる世界で

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