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アシュリー・マッケンジー『Queens of the Qing Dynasty』カナダ、"期限切れ"の未来

大傑作。2022年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。カナダ新世代の話はカジク・ラドワンスキ『Anne at 13,000 ft』の記事にも書いたが、騎手たる三人(カジク・ラドワンスキ、ソフィア・ボーダノヴィッチ、マット・ジョンソン)とほぼ同じ時期にデビューしたのがアシュリー・マッケンジーである。MUBIでのカナダ新世代特集でも初長編『Werewolf』が配信されていたが、本作品はそれに続く6年ぶりの長編二作目である。本作品は狭い病室のベッドに寝かされた少女スターが、不味そうな色の液体薬を飲まされるシーンで幕を開ける。どうやら何度目かの自殺が未遂に終わった直後のようで、看護師たちも慣れた手付きで処置を施していく。それがまるで当たり前になってしまったかのように淡々と進んでいき、彼女の言葉は誰にも届かず、周りの言葉も彼女に届かないという絶望的な距離感が出来てしまっている。19歳になったばかりの彼女は頻繁に自身のことを"期限切れ(expired)"と呼ぶのは、見通せない未来について自虐的に振る舞っているからだろう。そこに派遣されたのが香港から来た留学生(?)のアンだ。アンは、現地人と結婚するかポイントを稼いでテストに合格するかしてビザを更新しないと強制送還されるという瀬戸際にあり、未来が見通せない状況はスターと似ている。アンが中国語の歌を歌うと、上司がそれに被せるように『ゆかいな牧場』を歌うシーンが冒頭に描かれ、周りの人間と絶望的な距離感があることも描かれる("こちらがいくつ学位を持っていようと、子供のように扱う"という言葉が辛い)。二人は深夜のセッションを通して秘密を共有し、不思議な友情を育んでいく。

上映時間のほとんどで、スターはその大きな目をこれでもかと見開き、濱口竜介『天国はまだ遠い』の小川あんくらい全く瞬きをしない。そして、そんな印象的に見開かれた目をクローズアップで捉えていく。まるで近視眼的な二人の状況を象徴するかのように、動いていく周りの時間を遅らせるかのように、疎外された二人の息苦しさと二人だけの世界を構築するかのように、他の身体パーツもクローズアップで切り取って、時間を曖昧にしていく。ただ、二人が同時に画面に映ることもほとんどなく、彼らの中でも断絶が生じていることが分かる。

マッケンジーのインタビューによると、スターの人物像は前作『Werewolf』の主役オーディションで知り合った二人の少女を基にしているらしい。結局キャスティングされたわけではないが、二人と親しくなって、病院に見舞いに行ったり、住居を探してあげたりするうちに、二人は監督の人生の一部となったようで、彼女たちの背景やフワフワした思考の移ろいのまま会話が進んでいく話し方などがスターの人物造形に一役買ったとのこと。また、アンを演じるチェン・ジーインは監督宅の向かいに引っ越してきて知り合ったらしい。"君の映画の中で生意気なビッチを演じたい"と言われ、スターの人物造形が完成してから、ジーインを念頭にアンというキャラを作っていったようだ。結果的に題名の"清朝の女王"に憧れる、つまり仕事をする必要はないが巨大な権力を振るう事のできる皇帝の妾になりたい、とする興味深い人物となっていた。

・作品データ

原題:Queens of the Qing Dynasty
上映時間:122分
監督:Ashley McKenzie
製作:2022年(カナダ)

・評価:90点

・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1 . カルラ・シモン『Alcarràs』スペイン、ある桃農家一族の肖像
2 . カミラ・アンディニ『ナナ』1960年代インドネシアにおけるシスターフッド時代劇
3 . クレール・ドゥニ『愛と激しさをもって』生まれ変わった"私たちは一緒に年を取ることはない"
6 . リティ・パン『すべては大丈夫』リティ・パンはお怒りのようです
7 . パオロ・タヴィアーニ『遺灰は語る』兄ヴィットリオ・タヴィアーニに捧ぐ物語
8 . ウルスラ・メイエ『The Line』スイス、トキシックな家族関係について
9 . ホン・サンス『小説家の映画』偶然の出会いの連なり
11 . ミカエル・アース『午前4時にパリの夜は明ける』人生の中で些細な瞬間を共有すること
12 . フランソワ・オゾン『苦い涙』ピーター・フォン・カントの苦い涙
13 . ミヒャエル・コッホ『A Piece of Sky』スイス、変質していく男と支え続ける女
14 . アンドレアス・ドレーゼン『クルナス母さんvs.アメリカ大統領』ラビエ・クルナズと国家の1800日戦争
15 . リー・ルイジュン『小さき麦の花』中国、花と円形は愛のしるし
16 . ウルリヒ・ザイドル『Rimini』"父親"を拒絶し、"父親"となる歌手の兄
17 . ナタリア・ロペス・ガヤルド『Robe of Gems』メキシコ、奇妙に交わる三人の女性の物語
18 . ドゥニ・コテ『That Kind of Summer』カナダ、性欲過剰者の共同生活から何が見えるか

★エンカウンターズ部門選出作品
1 . アルノー・ドゥ・パリエール『American Journal』フランス、独り善がりなシネマエッセイ
3 . Jöns Jönsson『Axiom』ドイツ、嘘とパクリで構成された人生
4 . Syllas Tzoumerkas&Christos Passalis『The City and the City』テッサロニキとユダヤ人の暗い歴史
5 . ベルトラン・ボネロ『Coma』停止した"現在"は煉獄なのか
7 . Kivu Ruhorahoza『Father's Day』ルワンダ、"父親"を巡る三つの物語
11 . アシュリー・マッケンジー『Queens of the Qing Dynasty』カナダ、"期限切れ"の未来
13 . 三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』聾唖のボクサーの日記

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