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ベルトラン・ボネロ『Coma』停止した"現在"は煉獄なのか

2022年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。セリーヌ・シアマやクレール・ドゥニ、アルノー・デプレシャンと同じくパンデミックによるロックダウンによって大作製作が滞った際、ベルトラン・ボネロも規模の小さい別の作品を先に作ることを決めた。本作品は『ノクトラマ』と同じく娘のアンに捧げられており、冒頭ではボネロから彼女へのメッセージが字幕で流れる。ロックダウンで部屋の中に閉じ込められた現状は、"現在"が停止し過去と未来が残された状態であり、過去に自らが得たもの/失ったものを省みる期間となった。誰もが言いたいことを持っているが、実際には何ができるだろう?2014年頃から"ジェスチャー"のように簡潔で明確な作りたかったが、今がその時なのだろう。これは愛するあなたへのジェスチャーなのだ、と。

物語は前作Zombi Childにも登場した Louise Labèque 演じる名もなき少女の視点で語られる。彼女は作中で自分の部屋から一歩も出ずに、18歳というかけがえのない一年を過ごしている。部屋は過去のもの(物質と記憶)で溢れており、恐らく暇すぎて引っ張り出してきたのであろうドールハウスやバービー人形がベッドに向けて置いてある。また、少女はカリスマ配信者パトリシア・コーマの動画を何度も観ており、彼女が狂言回しとして物語を引っ張っていく。映画は少女の生活、バービー人形を用いたソープドラマ、パトリシアの動画、夜の森を彷徨う悪夢で構成されており、それらが相互作用しながら互いを往来する形で進んでいく。

ボネロはロックダウン生活を"自由意志のない煉獄"と捉えているようだ。その証拠として"リベレーター"という4色のボタンを記憶するゲームが登場し、どうやっても成功する=結果が最初から決まっているとしている。ならば人間とバービー人形にどう違いがある?少女はパトリシアなど周りにいる人間の発言をバービーソープドラマへと落とし込むことで人間とバービー人形を同一のものをみなし(バービー人形は後半に向かうにつれて動きが滑らかになる)、パトリシアはそれを引き剥がせるかの証明を行おうとする(曰く"心を失えるのは意識のある存在だけ")。また、どうやって来たかも(過去)どうやって抜け出すか(未来)も分からない夜の森は、停止した現在そのもの=煉獄を可視化しているのだろう。それを含めて同じ場所を何度も訪れたり、同じシーンを(バービー人形やアニメーションで)繰り返したりするのは、停滞した"現在"という時間の曖昧さを、確実に存在する過去と未来の共存として表現しているのだろう。全体的にごちゃごちゃしている印象を受けるものの、内容としては整理されている。

ただ、遅きに失した感は否めない。確かに現在でも人との距離感は遠くなったままだが、本格的なロックダウンはとうの昔に終わってしまったので、実存の危機に陥るような隔離を描くのはちと遅すぎる気がする。

バービー人形の声をギャスパー・ウリエルが担当しており、本作品が遺作となってしまった。R.I.P.

・作品データ

原題:Coma
上映時間:80分
監督:Bertrand Bonello
製作:2022年(フランス)

・評価:90点

・ベルトラン・ボネロ その他の作品

ベルトラン・ボネロ『ティレジア』 徐々に"変身"していく現代の神話
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・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1 . カルラ・シモン『Alcarràs』スペイン、ある桃農家一族の肖像
2 . カミラ・アンディニ『ナナ』1960年代インドネシアにおけるシスターフッド時代劇
3 . クレール・ドゥニ『愛と激しさをもって』生まれ変わった"私たちは一緒に年を取ることはない"
6 . リティ・パン『すべては大丈夫』リティ・パンはお怒りのようです
7 . パオロ・タヴィアーニ『遺灰は語る』兄ヴィットリオ・タヴィアーニに捧ぐ物語
8 . ウルスラ・メイエ『The Line』スイス、トキシックな家族関係について
9 . ホン・サンス『小説家の映画』偶然の出会いの連なり
11 . ミカエル・アース『午前4時にパリの夜は明ける』人生の中で些細な瞬間を共有すること
12 . フランソワ・オゾン『苦い涙』ピーター・フォン・カントの苦い涙
13 . ミヒャエル・コッホ『A Piece of Sky』スイス、変質していく男と支え続ける女
14 . アンドレアス・ドレーゼン『クルナス母さんvs.アメリカ大統領』ラビエ・クルナズと国家の1800日戦争
15 . リー・ルイジュン『小さき麦の花』中国、花と円形は愛のしるし
16 . ウルリヒ・ザイドル『Rimini』"父親"を拒絶し、"父親"となる歌手の兄
17 . ナタリア・ロペス・ガヤルド『Robe of Gems』メキシコ、奇妙に交わる三人の女性の物語
18 . ドゥニ・コテ『That Kind of Summer』カナダ、性欲過剰者の共同生活から何が見えるか

★エンカウンターズ部門選出作品
1 . アルノー・ドゥ・パリエール『American Journal』フランス、独り善がりなシネマエッセイ
3 . Jöns Jönsson『Axiom』ドイツ、嘘とパクリで構成された人生
4 . Syllas Tzoumerkas&Christos Passalis『The City and the City』テッサロニキとユダヤ人の暗い歴史
5 . ベルトラン・ボネロ『Coma』停止した"現在"は煉獄なのか
7 . Kivu Ruhorahoza『Father's Day』ルワンダ、"父親"を巡る三つの物語
11 . アシュリー・マッケンジー『Queens of the Qing Dynasty』カナダ、"期限切れ"の未来
13 . 三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』聾唖のボクサーの日記

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