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クレール・ドゥニ『愛と激しさをもって』生まれ変わった"私たちは一緒に年を取ることはない"

2022年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。夏の海辺でじゃれ合う二人の幸せそうな映像から寒そうなパリに飛ぶという、正にエリック・ロメール『冬物語』みたいなオープニングだが、戻ってきたパリで起こる奇跡的な出来事は全く夢物語ではなく、その後もひたすら誰かと誰かが喧嘩をしているという、寧ろモーリス・ピアラ『私たちは一緒に年を取ることはない』に近い、大喧嘩して次のシーンでは仲直りしているという喧嘩カップル映画である。主人公サラは元ラグビー選手で逮捕歴もある夫ジャンとそれなりに平和な生活を続けていたが、久々にジャンの旧友フランソワに出会い、昔の恋人同士は微妙な距離感を取り戻し、ジャンはそれが気に入らず云々という話。サラはラジオのMCをしていて、レバノンの移民問題や黒人差別問題などに番組内で触れるが、ラランヌ曰く"防水加工されたように"社会とは切り離され、自分の問題に囚われ沈んでいく。その点で、サラの奪い合いやサラの錯乱は、全て彼女の内面で起こっているという自己セラピー映画としても観ることが出来るのかもしれない。ただ、『私たちは一緒に年を取ることはない』と決定的に違うのはその速度である。本作品は一つ一つのしょーもない言い争いに掛ける時間が長く、演出も映像も平板で、特にこれといった印象を残さない。まぁそもそもギャーギャー煩い映画が嫌いなのだが、それを差し引いたとしても中身はない。

<黒沢清&ジャン=マルク・ラランヌ対談備忘録>
・黒沢清所感
前半はサスペンス的、でもランドンはめっちゃ裏がありそうだったのにずっと良い人だった。逆にビノシュは"心の中の何かと戦っている"、そして疲れ果てる。ラジオMCの仕事や息子マルキュスの進路などで社会情勢が絡んでくるが、ビノシュは完全に切り離されている。今回の特集で『ブリュノ・レダル』『フランス』を観たが、三作とも"心の中の何かと戦う"映画だった。今年のトレンドなの?
→ラランヌ回答:そういう意図があったわけじゃないけど、コロナ禍などの時代性を帯びることはままある。ビノシュが社会と切り離れていると言ったが、彼女は"防水加工されたように"自分の問題のみに囚われている。SMSのメッセージについて"嘘だ"と応えたのも、自分で書いた事実すら自分の外側に行ってしまった結果、マジで書いてないと思ってる可能性もある(大意)。人間の暴力が出てくるのがドゥニらしくない。これまでは身体の柔らかさや官能性を重視していたが、今回はカサヴェテスやピアラみたいな、言葉に重きを置いている。

・黒沢清所感2
マンションが二人の理想郷になっている。最後にフランソワが侵入して崩壊。ラストで蔦の絡まったバルコニーを下から見上げる。そのときの壁の薄さが、二人の幸せと社会を隔てる壁の薄さに見える。
→ラランヌ回答:空間を侵食する映画だ。特に下の空間が上の空間を脅かす瞬間が三つある。①ランドンとマルキュスの会話、②新事務所パーティで下からビノシュが見上げる、③コランがバルコニーを見上げる。

・黒沢清の気になったこと
今回のラインナップは一般フランス人からして2020-2022年の仏代表と言えるの?
→ラランヌ回答:国民投票したら一本も入らないと思うので今回のラインナップは民主主義的な選出ではない。ちなみに、フランス人は全然映画館に行かなくなった。コロナ前の3割程度。アート系映画を支えていた中高年が映画館から離れてしまったのが原因。『トップガン』とかはコロナ前の水準に戻っているので確か。今回のラインナップだと、『ヴォイス・オブ・ラブ』はビックバジェットでちゃんとヒットした。あと、ロックダウン解除直後くらいのタイミングで上映された『セヴェンヌ山脈のアントワネット』も低予算ながらヒット。ずっと家にいたから大自然に行く映画を観たかったから?

・作品データ

原題:Avec amour et acharnement
上映時間:117分
監督:Claire Denis
製作:2022年(フランス, イギリス)

・評価:40点

・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1 . カルラ・シモン『Alcarràs』スペイン、ある桃農家一族の肖像
2 . カミラ・アンディニ『ナナ』1960年代インドネシアにおけるシスターフッド時代劇
3 . クレール・ドゥニ『愛と激しさをもって』生まれ変わった"私たちは一緒に年を取ることはない"
6 . リティ・パン『すべては大丈夫』リティ・パンはお怒りのようです
7 . パオロ・タヴィアーニ『遺灰は語る』兄ヴィットリオ・タヴィアーニに捧ぐ物語
8 . ウルスラ・メイエ『The Line』スイス、トキシックな家族関係について
9 . ホン・サンス『小説家の映画』偶然の出会いの連なり
11 . ミカエル・アース『午前4時にパリの夜は明ける』人生の中で些細な瞬間を共有すること
12 . フランソワ・オゾン『苦い涙』ピーター・フォン・カントの苦い涙
13 . ミヒャエル・コッホ『A Piece of Sky』スイス、変質していく男と支え続ける女
14 . アンドレアス・ドレーゼン『クルナス母さんvs.アメリカ大統領』ラビエ・クルナズと国家の1800日戦争
15 . リー・ルイジュン『小さき麦の花』中国、花と円形は愛のしるし
16 . ウルリヒ・ザイドル『Rimini』"父親"を拒絶し、"父親"となる歌手の兄
17 . ナタリア・ロペス・ガヤルド『Robe of Gems』メキシコ、奇妙に交わる三人の女性の物語
18 . ドゥニ・コテ『That Kind of Summer』カナダ、性欲過剰者の共同生活から何が見えるか

★エンカウンターズ部門選出作品
1 . アルノー・ドゥ・パリエール『American Journal』フランス、独り善がりなシネマエッセイ
3 . Jöns Jönsson『Axiom』ドイツ、嘘とパクリで構成された人生
4 . Syllas Tzoumerkas&Christos Passalis『The City and the City』テッサロニキとユダヤ人の暗い歴史
5 . ベルトラン・ボネロ『Coma』停止した"現在"は煉獄なのか
7 . Kivu Ruhorahoza『Father's Day』ルワンダ、"父親"を巡る三つの物語
11 . アシュリー・マッケンジー『Queens of the Qing Dynasty』カナダ、"期限切れ"の未来
13 . 三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』聾唖のボクサーの日記

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