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ポール・B・プレシアド『Orlando, My Political Biography』身体は政治的虚構だ

2023年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。2022年に日本でも著作『カウンターセックス宣言』や『あなたがたに話す私はモンスター』が翻訳された哲学者ポール・B・プレシアドによる初長編。今回の主題はヴァージニア・ウルフ『オーランドー』である。ヴィクトリア時代に生まれた英国人貴族オーランドーは、物語の途中のトルコで眠りにつき、起きると数世紀経っていて、自身も女性に変身していた、という物語だ。冒頭はプレシアドの独白から始まる。自伝を書かないのかと訊かれたことがあるが、ヴァージニア・ウルフがもう書いている。でも、ある朝起きたら女声になっているというのはトランスとは違って我々は常に生命をリスクに晒している。私はオーランドーの一人で、現代はオーランドーたちがたくさんいる、と。そして、ウルフへの手紙を書くように、ナレーションが紡がれていく(プレシアドは"I"でウルフは"you"と呼ばれる)。本作品には、8歳から70歳まで26人のトランスやノンバイナリの人々が"オーランドー"として登場しており、それぞれが英国貴族の襞襟(首に巻くモシャモシャのシャンプーハットみたいなやつ)を付けて、自身の経験や『オーランドー』についての所感を述べていく。その点でAnna Hints『Smoke Sauna Sisterhood』にも近いものを感じるが、"人生は自叙伝のようにはいかない"という言葉の通り脚色されない経験や事実、トランスやノンバイナリの歴史に光が当たり、かつ、原作におけるエリザベス1世とオーランドーの謁見を親に連れて行かれた精神科医との面談に置き換えるなど、『オーランドー』そのものを現代に作り直そうとしているなど、様々な点で異なる。もう一つ思い出したのは、アニー・エルノー『The Super 8 Years』だ。同作では息子の編集した映像に併せてエルノーの書いた馬鹿みたいに長い文学的な文章が延々と朗読されるのだが、双方が別々に作ったために文字と映像が完全に分離してしまっていた。本作品の場合、文章が長すぎて5回位字幕が切り替わったのとかは似ているが、『オーランドー』の視覚的再構築や"自叙伝"そのものの解体という意味で文字と映像は上手く融合されていたように思う。

・作品データ

原題:Orlando, ma biographie politique
上映時間:98分
監督:Paul B. Preciado
製作:2023年(フランス)

・ベルリン映画祭2023 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1 . エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン『20,000 Species of Bees』スペイン、ルチアとその家族について
2 . クリスティアン・ペッツォルト『Afire』ドイツ、不機嫌な小説家を救えるのは愛!
3 . リウ・ジエン『アートカレッジ1994』中国、芸術と未来に惑う青年たちの肖像
5 . マット・ジョンソン『BlackBerry』カナダ、BlackBerry帝国の栄枯盛衰物語
6 . Giacomo Abbruzzese『Disco Boy』正面から"美しき仕事"をパクってみた
8 . アイヴァン・セン『Limbo』オーストラリア、未解決事件によって時間の止まった人々
10 . アンゲラ・シャーネレク『ミュージック』人間に漸近する神話のイデア
12 . セリーヌ・ソン『Past Lives』輪廻転生の恋と現世の恋
17 . 新海誠『すずめの戸締まり』同列に並ぶ被災地と遊園地
19 . リラ・アヴィレス『Tótem』メキシコ、日常を演じようとする家族の悲しみ

★エンカウンターズ部門選出作品
1 . Wu Lang『Absence』中国、"不在"を抱えた都市への鎮魂歌
2 . ダスティン・ガイ・デファ『The Adults』大人になった三人の子供たち
9 . ホン・サンス『in water』ほぼ全編ピンボケ映画
12 . ポール・B・プレシアド『Orlando, My Political Biography』身体は政治的虚構だ
13 . ロイス・パティーニョ『Samsara』ラオスの老女、ザンジバルの少女に転生する
16 . Szabó Sarolta&Bánóczki Tibor『White Plastic Sky』ハンガリー、50歳で木に変えられる世界で

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