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2021年 新作ベスト10

今年は修論執筆→社会人1年目という環境が激変した年で、様々な人間関係が広がったり繋がったり戻ったり切れたりした年でもあった。それは同時に映画を観る時間が大幅に減ることも意味しており、元来時間の使い方の下手くそな私には仕事終わりに映画を必ず一本観るなどという縛りなど機能せず…と言いたかったのだが、なんだかんだ去年の鑑賞本数を僅かながら上回ってしまった。東京国際映画祭の期間にガッツリ休める会社を探して選んだので、しっかり参加できたのも非常に助かった(おかげで続く一ヶ月はめっちゃ残業することになったが)。また、noteを書き始めて3年目でTIFFの応募企画に当たったり、DAUの特集番組のパネリストとして呼ばれたりするなど、最後まで非常に充実した一年となった。今年もコロナの影響で延期されていた作品が公開されることも多かったが、これらは2021年の映画として登録されていることも多いので、今回は以下の定義で新作ベストの集計を行った。

①2021年製作の作品 222本
②2020年製作だが未鑑賞/未公開 109本
③2019年製作だが未鑑賞/未公開 23本

"Knights of Odessa 新作映画の定義 2021年版" より引用
(この機能を使ってみたかっただけ)

尚、下線のある作品は別に記事があるので、そちらも是非どうぞ。

0. 春原さんのうた (杉田協士)

大好きだったエニェディ・イルディコーが本当に退屈な作品を撮ってしまった今年、杉田協士だけがその大きすぎる期待を超えてくれた。私は本作品における開け放たれたドアの可能性を信じたい。

1. The Girl and the Spider (Silvan & Ramon Zürcher)

昨年がソフィア・ボーダノヴィッチとカナダ新世代に出会った年だとすると、今年はツュルヒャー兄弟に出会った年だと言える。前作『The Strange Little Cat』から人数も場所も会話も小道具も犬猫も倍増し、とても100分とは思えないほど混乱が広がっていく。映像は会話するABとそれを観ていたCの切り返しというワンパターンをシステマチックにひたすら繰り返すだけだが、表情やタイミング、ABCの関係によって無限とも言える分岐が生まれていくのが凄まじい。このシステマチックな緊張感とライブ感の中に危ういバランスで保たれた精巧な美しさがある感じ、ジャルジャルの"ピンポンパンゲーム"を思い出した。

2. Petite Maman (セリーヌ・シアマ)

今年のベルリン映画祭コンペは例年と少々異なり、中々レベルの高い布陣だった。カンヌ常連の濱口竜介とセリーヌ・シアマのおおよそカンヌっぽくない作品を呼び、ホン・サンスやフリーガウフ・ベネデク、ラドゥ・ジュデといった常連も呼び、開催国枠としてもクオリティを維持できている作品を呼んでいた。本作品は72分の短尺の中で、祖母を亡くした少女が母親の生家で少女時代の母親と出会う物語である。実際の双子姉妹が演じたことで、過去と現在がシームレスに繋ぎ合わされているのが上手い。一つの家に流れる二つの時間をマジカルに飛び越える瞬間がとても素晴らしい。年末はエニェディが失ったマジカルさを他の作品に求めて徘徊していた印象しかない。

3. 見上げた空に何が見える? (アレクサンドレ・コベリゼ)

足しか映らない一目惚れ、広角で顔すら判別できない真夜中の再会、そして悪魔によって変えられた容姿。物語と映像が乖離していく描写の中に、出会いの奇跡が散りばめられるマジカルな一作。8月末に私はエニェディ的な奇跡を本作品に見出し、その3ヶ月後にエニェディ本人がマジカルさを失うとは思いもしなかった。

4. Forest: I See You Everywhere (フリーガウフ・ベネデク)

今年のベルリン映画祭コンペは例年と少々異なり、中々レベルの高い布陣だった(二回目)。なんとハンガリー映画が二つも出品されたのだ。片方は新人デーネシュ・ナジによるハンガリーの『炎628』とも言える『Natural Light』、そしてもう片方が本作品だ。映画学校に落ちたフリーガウフが完全自主映画として撮った初長編『Forest』の精神的続編で、そのスタイルを踏襲しながら、物語と空間を徐々に広げていく手腕を身に着けていたことに感動する。ちなみに、私はムンドルツォー派ではなくフリーガウフ派です。

5. アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ (ラドゥ・ジュデ)

祝金熊!作品を作るごとにパワーアップしていくジュデは限界を知らないのかと末恐ろしく感じる。本作品は、ネットにアップしたセックステープとそれを巡る異端審問、コロナ禍のブカレストにおける生活、歴史修正主義、レイシズム等々という一見バラバラに思えるが社会の中に混在するという意味で分けては語れないこれらをまとめて語ってしまう、軽やかでパワフルな風刺劇。特に第二部の"単語集"が強烈で、そこで言及される単語たちは近作全てを包含しうるテーマ性を持っている。まさか日本でも公開されるとは思わなかった。過去作も来てくれるといいなあ。

5. Petrov's Flu (キリル・セレブレニコフ)

毎年恒例の滑り込み枠(毎年翌年中旬くらいに低すぎ高すぎに後悔するので今回はないことを願う)。セレブレニコフの新作は、これまでの長編作品をすべてごった煮したかのようなイカれた地獄である。長回しではありえない時間経過、自由な映像表現と語り口、同じ場所や時間を何度も訪れること、ソ連時代のパーティ、そしてチュルパン・ハマートヴァ(『Yuri's Day』のクセニア・ラパポルトは本当にチュルパンに似ている)。特にエカテリンブルク版『ユリシーズ』みたいな、家に帰らない夫と家にいる妻を描いた前半が神がかり的に面白い。後半は理解できたらもっと好きになるかも。

6. Summer Blur (ハン・シュアイ)

母親が金持ちと再婚して田舎の叔母夫婦に預けられているという複雑な家庭環境とほとんどストーカーな同級生に囲まれた閉所恐怖症的空間の中で、それでも正しい道はどれかと懸命に探しながら生きていく少女の物語。このストーカー同級生というのがナヨナヨした見た目に反して捕食者のような動きを見せるのが恐ろしい。主人公が彼のバイクに自転車に乗らされる一連のシーンは、今年最も怖かったシーンの一つだ。

7. The Card Counter (ポール・シュレイダー)

本作品ではポーカーを中心的に取り扱いながら、派手な勝利も緊迫の見せ場も存在しない。ちょっとだけ勝ち、ちょっとだけ負け、次の場所で新たなゲームを始める。そんな禁欲的な生活によって自らを罰し続け、外世界に触れないことで過去と対峙することを避けていた不器用な主人公が、元同僚の息子と出会って再び繋がりを取り戻す話。質素で厳かな現在と露悪的な過去の対比が印象的。

8. ユニ (カミラ・アンディニ)

本作品では、ユニが大学に行きたい理由が明白ではない。彼女には大学に進むことを含めた無限の選択肢があるのだ。だからこそ、その全てを阻む"結婚"は絶対に避けなければならない。そんな戦いの中で、"あなたもそちら側だったのね"という絶望は『プロミシング・ヤング・ウーマン』にも似ていて、耐え難い息苦しさがある。

9. Sisterhood (Dina Duma)

SNS時代の青春地獄絵図を描いた作品。学校の人気者が世界の人気者としてその"人気"が数値化されて可視化される残酷な世界にあっても、子供たちの幼稚さは昔と変わらず、小さなイタズラが世界を巻き込むとは思ってもいない。残酷な世界をそうと知らない残酷さがここにはある。

10. France (ブリュノ・デュモン)

フランス・ドゥ・ムールは白人の嫌な部分を煮詰めたようなしょーもないデマゴーグである。しかし、同時に息子や自分が轢いた被害者を思いやる一人の人間でもある。事故によって公私のペルソナは高速で入れ替わり続け、レア・セドゥのしたり顔と涙の中に、相反するペルソナはシュレディンガーの猫的に閉じ込められる。そして、象徴的なラストから受け取る"フランス"でいることの覚悟、私はしかと受け取った。

10. Beginning (デア・クルムベガシュヴィリ)

残念なクオリティの作品が多いカンヌ2020選出作品(通称:カンヌレーベル)の中で指折りの傑作。ジョージアの田舎で燃やされた教会を再建しようと躍起になる夫に放置された妻の物語。アブラハムが息子イサクを殺すことで神への従順を示そうとした聖書のエピソードを現代に復活させ、神への/夫への/社会への従順と自己犠牲について考察した重量級の一作。これが長編デビュー作って…Dina Dumaもそうだけど、ヤベえな。

以下、11位以下。

11. カム・ヒア (アノーチャ・スウィーチャーゴーンポン)
12. Malmkrog (クリスティ・プイウ)
13. 洞窟 (ミケランジェロ・フラマルティーノ)
14. エターナルズ (クロエ・ジャオ)
15. Preparations to Be Together for an Unknown Period of Time (ホルヴァート・リリ)
16. オールド (M・ナイト・シャマラン)
17. プロミシング・ヤング・ウーマン (エメラルド・フェネル)
18. Titane (ジュリア・デュクルノー)
19. ドライブ・マイ・カー (濱口竜介)
特別枠:『樹海村』『ひらいて』

※旧作ベスト10

1. マルレン・フツィエフ『無限』ある時代の終焉と新たな世界の始まり
1. テオ・アンゲロプロス『永遠と一日』教えてくれ、明日の時の長さを
2. パトリック・タム『Love Massacre』愛と殺、相反する要素が共存する魔法
2. パトリック・タム『The Sword』不幸を呼ぶ名剣=妖刀を巡る旅
3. Ramon Zürcher『The Strange Little Cat』画面を支配する犬と猫
4. Dan Pița & Mircea Veroiu『The Stone Wedding』白色の"死"と黒色の"希望"
5. エルンスト・ルビッチ『牡蠣の王女』ずっとイカれてるのに最後が一番イカれてる
5. ハワード・ホークス『ハタリ!』動物野郎たちの仕事とロマンス
6. Frunze Dovlatyan『Hello, It's Me!』アルメニア、あなたはまだ待っているの?
7. ユリア・ソーンツェワ『魅せられたデズナ河』遥かなるウクライナの大地より
8. ラドゥ・ジュデ『The Happiest Girl in the World』私はデリア・フラティア、世界で一番幸せな少女です
9. ブリュノ・デュモン『アウトサイド・サタン』善悪の狭間にあるデュモンの"奇跡"
9. ブリュノ・デュモン『フランドル』人間のあらゆる暴力と罪を背負う少女の物語
10. Dragovan Jovanović『Girl from the Mountains』セルビア、三つ巴の戦いの彼方に

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