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ハン・シュアイ『阪南の夏 (Summer Blur)』グオの瞳に映る世界

大傑作。いつも機嫌の悪い叔母夫婦、生意気な従姉妹、母親は金持ちの再婚相手と上海で暮らし、ザオというナヨナヨした同級生に付きまとわれる。グオの現状は八方塞がりだが、常に眉間にシワを寄せたしかめっ面で身を守り、懸命に生き延びていた。ある日、グオにラジコン飛行機をプレゼントした少年シャオマンが、彼女の目の前で溺れて死亡し、二人が一緒にいたことをザオが知っていたことから、危ういバランスで静止していた時間が動き始める。このザオという少年はだいぶ倫理感がバグってる人として描かれていて、恐怖を感じるシーンもチラホラ。初登場時点で、グオとニケツで帰りたいがためにグオの自転車のタイヤからバルブをすっこ抜いており、かなりヤバい人物であることが一瞬にして導入されるわけだが、そんな盲目的な愛情が恐怖に変わる瞬間は本作品のハイライトの一つだろう。シャオマンの遺体が陸上げされている横で、彼が拾うはずだったラジコン飛行機を、グオがその場にいた証拠として渡してくるシーンだ。ザオはグオにねっとりした目線を向け、グオはいつものように無視しようとするが、やがて観念したかのようにザオの自転車に乗る。否、乗らされる。久々にゾッとした。

13歳のグオの周りには様々な男性優位と女性搾取に溢れている。主軸となるザオとの関係性で、グオは主体性を失い、引っ張られ近付かれ乗せられと散々弄ばれる。捕食者のようにジリジリと近付くシーンや、プールサイドで覗いているシーンなどは印象的だ。グオの心の中における最後の砦としての優位性(主導権を奪い返そうとする試みも含む)は、マンション下にいるザオを見下ろす数度のショットで提示されるが、基本的にザオの前でも隣ですらなく、後ろというポジションを取らされている。つまり、彼らの不均衡な関係性に社会構造としての男性優位や女性搾取が重ねられているのだ。他にも、シャオマンはグオに金を送ってシュガーダディになろうと持ちかけていたし、自らの拠り所を無くしたグオが半ばヤケクソで登壇した水着オーディションもそのものが搾取的だ(小学生だぞ?)。また、グオは自分以外の従姉妹や叔母さんについても、彼女たちが女性搾取的な状況に巻き込まれたらそれを守ったり阻止しようとしているのが心に残る。中でも、裕福ではないものの甘やかされて育った自己中心的な従姉妹には自分の願望を重ね合わせており、だからこそ反撥しあい、あのラストに繋がると思うと感慨深い。

ここで興味深いのは、常にしかめっ面で不機嫌そうなグオは、常に考え続けて状況を的確に見極める人物として描かれていることだろう。息が詰まる様な状況でも、情報を人質に取られてヤケクソになりそうな状況でも、自分自身を見失うことなく、自立するにはどうすればよいか考えている。だからこそ、我々は彼女の選択を応援し、彼女自身が望む道を見つけられるように見守るのだ。

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・作品データ

原題:汉南夏日
上映時間:88分
監督:Han Shuai
製作:2020年(中国)

・評価:90点

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