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カミラ・アンディニ『ユニ』インドネシア、全ての自由を奪いさる"結婚"

大傑作。バイクもノートもヘルメットもファイルもなんなら下着まで紫で、他人の紫の私物を見ると手が動いてしまうという高校生ユニの物語。成績優秀な彼女は女性教師リリス先生から大学進学を勧められるが、併せて勧められた奨学金制度について成績上位を維持すること、紫への執着をある程度諦めて素行不良を治すこと、そして未婚であることが条件であることを知る。成績に関して、文系科目が苦手なユニは国語の点数を伸ばすのが課題だが、若干の思いを寄せるジャマール先生が担当なので、そこまで苦ではなさそう、というより寧ろ楽しそう。また、ユニに思いを寄せる年下のヨガという青年が、それを利用されるような形で詩作を手伝うことで、緩い三角関係が形成される。後述の通り、結婚こそ女の全てみたいな世界にあって、ナヨナヨしたヨガ青年はその規範から外れているように見え、一瞬ながら心の拠り所になるという展開は物悲しく、彼が成長してしまってその規範に飲み込まれていくのは更に心を抉ってくる(正直あれはヨガ青年として最善手だったと思うが、ユニが求めていたのはそれじゃなかった)。勿論、紫への執着は全く捨てられない。ユニが映画内の紫を吸い寄せるブラックホールみたいな役目をしているのは、ある種彼女が自身の人生を自分でコントロール出来ていたことの象徴でもあるのだが、最終的に家中が紫になることでコントロール不能に陥ってしまうのは皮肉がキツすぎる。

未婚であることは、本作品のグロテスクなブラックコメディのような展開の中心となる。いきなり"イスラムクラブ"なる団体が体育館に生徒を集めて"女子の処女検査をします"と言い始めるのも既にヤバいが、親世代の娘たちへの願いが基本的に"進学より結婚"であり、しかも"結婚は祝福、断ると悪運が云々、二回断ると二度と求婚されない"などという伝統が彼女たちを雁字搦めにし、高校生なのに次々と求婚が舞い込み、実際に結婚に"追い込まれた"同級生も描かれている。また、ユニが親しくなる美容師の女性からは、中学生の頃に結婚したが流産を繰り返し、夫に暴力を受けるも家族からは"子供を産めないお前を守る夫偉い"と言われて離婚したというエピソードが語られ、"結婚は祝福"などという文言が完全なるまやかしであることが示唆される。本作品がグロテスクなのは、合計三回ある求婚がそれぞれ別の形状をした気持ち悪さを持っているからだろう。一回目は(観客が)知らん人から、二回目は久々に行ったプールの管理人のジジイから第二夫人として、そして三回目はダマール先生の"趣味"を見てしまった口封じとして。特に三回目の幻滅は激しいものだっただろう。憧れていたあの人ですら、というか彼が一番、この制度を暴力的に享受する人物だったのだ。

本作品が興味深いのは、ユニに将来に対する強力な目的や夢がないことだろう。この手の映画であれば、例えば大学へ行きたい!という強力な夢とそれを邪魔する社会規範/伝統のバトルというものを想像してしまうが、本作品は一つの目的を阻む障害物を撥ね退けるのが目的ではないように思える。つまり、ユニは大学進学を含めた無限の可能性があるが、結婚という制度がその全てを阻んでしまうことを指摘しているのだ。

また、本作品ではユニの父親に全く触れられないのが興味深い。彼もまた、ユニの母親に対して同様のことを行った人物であることは地域の文化として推察でき、なんなら求婚を断り続けるユニに対して家父長的な態度で威圧するなんて描写も出来たはずだ。彼の不在によって、ユニのこれまでや、そこから彼女の中に芽生えた"自由"に対する感情が強調されていく。だからこそ、空想を含めた全ての自由を奪う結婚から逃れるラストは、『John Denver Trendning』と同じく唯一の解決策だったに違いない。

・作品データ

原題:Yuni
上映時間:95分
監督:Kamila Andini
製作:2021年(インドネシア)

・評価:90点

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