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フリーガウフ・ベネデク『Forest: I See You Everywhere』明けない夜、変えられない出来事

大傑作。2021年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。本作品はフリーガウフの初期長編『Forest』の続編的な立ち位置にある。同作はハンガリー映画学校に入学できなかったフリーガウフが、完全に自主的な作品として製作したもので、顔や手などを超接写で切り取りながら会話を続けていく短編集である。顔すら画角に収まらないほど接写だった前作に比べると、本作品のクローズアップは控えめだが、それでも演者たちの身体は画角に収まりきらず、閉所恐怖症的な張り詰めた空間の中に漂っている。また、カメラは基本的には話者に向いているため、近視眼的な切り取りによって状況が徐々に提示されていく手法を採用しており、上記のクローズアップや後述の脚本とも非常に相性が良い。もう一点、本作品ではともすれば長回しで良いとも思える場面が多くあるが、映す対象を切り替えるタイミングなどで切れていることも多い。長回しユーザーは長回しにこだわるあまり、話者を捉え続けるためにカメラをぐるぐる動かすこともしばしばやってしまうが、本作品では映り込むものを空間に閉じ込めることを中心に置いているので、そこがブレてないのが良かった。

本作品は6つの短編と同一の映像を用いたプロローグ&エピローグに分かれている。そのそれぞれに共通する人物がいるわけでも場所が共通しているわけでもないが、恐らく同じ夜に同時多発的に起こっている出来事であり、それぞれの挿話で会話に参加していない/出来ない人物に焦点が当てられている。人物たちは常に不機嫌で、前提のあるハイコンテクストな会話をしているので、徐々に状況が明かさていく。閉所恐怖症的な空間の中で、決して変えられない出来事についての物語を明けない夜に延々と紡いでいく絶望的な作品なのだ。また、各挿話は必ず終わりから始まり、一連の会話の最初まで戻ってから挿話冒頭まで戻る構造を繰り返しているんだが、プロローグとエピローグで同一の映像を繰り返すことで、映画全体も挿話と同じ構造を持つフラクタルみたいな構造になっている。これは"明けない夜"とも繋がっており、ループから抜け出すエピローグの圧倒的な希望を際立たせている。

挿話の中でも注目すべきは、私の大好きなユーリ・ヤカブさんの出演する最も緊張感のある第二話だろう。数年前に浮気した女性アンナにプロ仕様カメラを貸したカメラマンの男とその現在の恋人ルカとの口論を描いているが、男が出すアンナの情報をルカが更新していき、それぞれの見方とアンナの実像が朧気に浮かび上がってくるという、本作品のメソッドが合致した挿話だった。

・作品データ

原題:Rengeteg - mindenhol látlak
上映時間:112分
監督:Fliegauf Benedek
製作:2021年(ハンガリー)

・評価:90点

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★コンペティション部門選出作品
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10. ドゥニ・コテ『Social Hygiene』三密を避けた屋外舞台劇
11. Lê Bảo『Taste』原始的で無機質なユートピアの創造
12. アリス・ディオップ『We』私たちの記録、私たちの記憶

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