見出し画像

マリア・シュラーダー『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』ガール・ミーツ・アンドロイドボーイ

大傑作。2021年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。アンゲラ・シャーネレクのミューズであり私の大好きなマレン・エッゲルトに銀熊主演賞をもたらした一作。あまり気乗りしなくて半年近く積んであったのだが、さっさと観ておけば良かった。本作品は自分の理想的な異性をアンドロイドとして提供される実験に参加した中年女性大学教授アルマの生活を描いている。彼女は理論と感情の両側面から恋人アンドロイドのトムを否定している。前者はレポートにある通り、"自分承認に溺れると他の人間に触れ合えなくなる"であるとか"そんな社会の中で挑戦や葛藤に耐えた変化が生まれるか?"として、後者では"自分の理想は自分の延長線では"といった生理的気持ち悪さや仕事に集中したい時期的な問題として。展開としてもいわゆるロマンス映画的な否定→肯定の王道を辿るが、結局どちらの問題も解決されないので、縮まっていくとはいえ終始距離感があるのが面白い。究極的に便利で気持ちの良いものに全てを渡してたまるかという人間の抵抗、是非やっていきましょう。

また、機械が人間に近付いていく世界の中で、それらに境界はあるのかという疑問も投げかける。アルマはトムに対して"感情はプログラムだろ?"と煽るが、信号の発信源が有機物か無機物かの違いだけで、実はそこまで変わらないのではないか、という疑問である。だからこそ、危険であるとするのが上記の"理論"側面の帰結だが、現にザンドラ・ヒュラーは見分けられなかったわけで、アルマ=現在としては"境界はある"としつつ映画としては"境界はなくなる"としているのが興味深い。現在と未来を橋渡ししつつ、それが生活に入り込むことについて冷静に観察していくのだ。

想い出の場所で二人が並んでいるラストでは、アルマがトムの原型になったであろう少年の想い出を語っていく中で、画面の外側にトムを締め出し、まるで全てが夢だったかのような暗転で終幕を迎える。他の人には危険だから渡せないけど私だけは…とも見えてしまう終盤が一気にひっくり返る、ビターな選択で良い。

追記
これを観終えて"よし、ポスターの皺は消そう"となるのは逆に凄いと思う。皺消しのアルバトロスって永遠に言い続けてやる。

・作品データ

原題:Ich bin dein Mensch
上映時間:105分
監督:Maria Schrader
製作:2021年(ドイツ)

・評価:90点

・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1. ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』コロナ、歴史、男女、教育
3. アロンソ・ルイスパラシオス『コップ・ムービー』メキシコシティの警察官についての物語
6. フリーガウフ・ベネデク『Forest: I See You Everywhere』明けない夜、変えられない出来事
7. マリア・シュラーダー『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』ガール・ミーツ・アンドロイドボーイ
8. ホン・サンス『Introduction』ヨンホとジュウォンのある瞬間
9. ジョアナ・ハジトゥーマ&カリル・ジョレイジュ『メモリー・ボックス』レバノンと母娘を結ぶタイムカプセル
10. マリア・シュペト『Mr. Bachmann and His Class』ぼくたちのバッハマン先生
11. ナジ・デーネシュ『Natural Light』ハンガリー、衝突なき行軍のもたらす静かな暴力性
12. ダニエル・ブリュール『Next Door』ベルリン、バーで出会ったメフィストフェレス
13. セリーヌ・シアマ『Petite Maman』一つの家二つの時間、小さなお母さんと私
14. アレクサンドレ・コベリゼ『見上げた空に何が見える?』ジョージア、目を開けて観る夢とエニェディ的奇跡
15. 濱口竜介『偶然と想像』偶然の先の想像を選び取ること

★エンカウンターズ部門選出作品
1. Samaher Alqadi『As I Want』エジプト、"Cairo 678"の裏側
2. Andreas Fontana『Azor』レネ・キーズはどこへ消えた?
4. ユリアン・ラードルマイヤー『Bloodsuckers』もし資本主義者が本当に吸血鬼だったら
6. Silvan & Ramon Zürcher『The Girl and the Spider』深い断絶と視線の連なり
7. Jacqueline Lentzou『Moon, 66 Questions』ギリシャ、女教皇と力と世界
8. ファーン・シルヴァ『ロック・ボトム・ライザー』ハワイ、天文台を巡るエッセイ
9. ダーシャ・ネクラソワ『The Scary of Sixty-First』ラストナイト・イン・ニューヨーク
10. ドゥニ・コテ『Social Hygiene』三密を避けた屋外舞台劇
11. Lê Bảo『Taste』原始的で無機質なユートピアの創造
12. アリス・ディオップ『We』私たちの記録、私たちの記憶

この記事が参加している募集

映画感想文

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!