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アロンソ・ルイスパラシオス『コップ・ムービー』メキシコシティの警察官についての物語

ベルリン映画祭コンペ部門に選出された一作。"刑事の映画"と題されたメキシコのドキュメンタリーと聞けば、麻薬カルテルとのドンパチやら汚職やらを想像するが、本作品は摩訶不思議な構造で以てそんな幻想を砕いてくる。例えば、冒頭では女性警察官テレサを乗せたパトカーの車載カメラの映像が流れる。彼女が車道を歩いていた男を注意した際に、男はもの凄い剣幕でズボンのポケットに手を伸ばしながらコチラに近付いてくる。ああこりゃ銃撃戦かと思ったら、男はスマホを取り出す。かと思ったら、怪しい車に近付いた別の警官はそのまま撃たれて亡くなる。或いは、廊下で書類を記入するテレサの内股を触る同僚が登場し、セクハラが横行しているのかと思いきや、恋人だったり。逆に警察の捜査を美化することもしない。二人が犯人を追って地下鉄の駅を走り回り姿は、どちらかと言えば無様で滑稽にすら見える。

しかし、本作品の摩訶不思議さはそこではない。本作品はドラマ、ドキュメンタリー、ビデオダイアリー、そして第四の壁の破壊を融合することで"メキシコシティの警察官になるなんて正気なんだろうか?"という正直な疑問に対して真摯に向き合っていく作品なのだ。全五部構成のうち前半の二篇では、仕事風景に被せられる形でそれぞれがナレーションで警察になった経緯やなってからの印象的な出来事などが語られる。その公的な人格と私的な人格は、仕事をしながら過去を語り、第四の壁を破ることで融合されていくようにも見える。同時に、明らかに嘘くさいので、後にこれらの"過去"が脚本だったこと、そしてテレサとモントーヤのカップルが警察を演じる俳優だったことが明かされても特に驚きはしない。興味深いのは俳優たちが映画のために参加した警察学校での演習を通して、"本当にこんなので警察大丈夫なんか?"と疑問を呈し始め、"嘘から出た真"のように映画に真実性が染み出してくることだろう。俳優たちと同乗する本物の警察官たちや俳優が演じることになった本物のテレサやモントーヤの言葉は、それらを過程を経たからこその重みがある。映画の外側に我々の信じていたものやクリシェがあり、映画の前半はクリシェを踏襲しない虚構があり、そこへ現実が合流することで、乖離していた想像と現実のリンクをスムーズに行っているのだ。

ただ、現実と虚構をごちゃまぜにしたことで、それらの境界があやふやになってしまい、煙に巻かれたようば気分になるのも事実である。作り手は虚構と現実の線引が明確になっているだろうけど、見ている側からすると本当に伝えたい事実まで虚構に見えてしまう。例えば、冒頭の出産を手伝うシーンは本当に居合わせたのか(完全な虚構なのか事実の再構築なのか事実なのか)、後半の母親に売られた少女の話は本当だったのか等、煙に巻く意思がなくとも嘘っぽく見えてしまうのは構成の問題で、それは現実に対して失礼すぎるような気がする。試み自体は面白いが、警察官を題材とした映画でやるべき手法ではないのかもしれない。

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・作品データ

原題:Una película de policías
上映時間:107分
監督:Alonso Ruizpalacios
製作:2021年(メキシコ)

・評価:60点

・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
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3. アロンソ・ルイスパラシオス『コップ・ムービー』メキシコシティの警察官についての物語
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★エンカウンターズ部門選出作品
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