ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』コロナ、歴史、男女、教育
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ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』コロナ、歴史、男女、教育

Knights of Odessa

大傑作。祝金熊!これで過去10年間でルーマニアが貰った3つ目の金熊となる。前回2018年にアディナ・ピンティリエが貰った際に、それを擁護した関係なのか、今回は冒頭に登場する部屋の壁に『タッチ・ミー・ノット』のポスターが飾られていたのが印象的だった。以前『I Do Not Care If We Go Down in History as Barbarians』(長いので以下では『I Do Not...』)を観て"ジュデのキャリア総括的"と書いた気がするんだが、本作品はそれをアップデートして直近の作品を全て包含しうる驚異的な風刺を展開しながら、新たなテーマであるセックスとパンデミックを語るという離れ業をやっていた。少なうくないコロナっぽい作品が"コロナ前に作ったからコロナの文脈で観ないで"といい、逆にコロナを扱う映画はZoomばかり登場して食傷気味になっている絶妙なタイミングで、実に軽やかで型破りな手法を用いてコロナを取り扱う本作品が誕生したことをまず祝福したい。

本作品は四つのパートに分かれている。今回は前三作(『I Do Not...』『Uppercase Print』『The Exit of the Trains』)と異なり、発端となるコスプレセックステープが冒頭に配置されている。寧ろ無くても話は通じる気もするんだが、セックステープを撮る側にもアップロードする側にも罪はないことを証明するためにはやはり必要だ。続く第一部"一本道"では、コロナ時代のブカレスト市内を歩く主人公エミの姿からルーマニアにおけるコロナ禍を覗き見る。エミ本人は、夫が専門アダルトサイトにアップした動画が第三者によってPornHubに転載・拡散されたことで招集された保護者会を目の前にイライラしているんだが、他の市民もコロナの影響かイライラしており、些細なことで罵詈雑言が飛び交う大喧嘩に発展する(興味深いのはここで"Fuck"を中心としたストレートな性的罵倒が繰り返されることだろう)。カメラはイライラしながら買い物等の用事を済ませるエミを追いながらも、彼女の背景にある街そのものを同時に記録しているようで、開催されずに色あせていったイベントのポスター、シャッターの降りた店、空っぽのオフィスや廃墟、逆に生き残った外国企業が入っているショッピングモールなどがエミと同じくらいの時間登場する。そこでは、エミと同様コロナ禍のブカレストで暮らす人々が映っており、時にエセ科学を演説したり、時に神風特攻隊から理系文系の要不要を論じたり、突然カメラに近寄ってきて卑猥な言葉を投げかけたりする市井の人々もそのまま記録されている。特に前者はコロナと絡められていて興味深い。一番興味深い対比は、恐らく開催されなかったイベントのボロボロになったポスターからパンして、建物に掛けられた"第一次大戦終結100年記念"の馬鹿でかい横断幕が出てくるシーンだろう。この大きさを見る限り、2020年(撮影当時)でも未だに開催しているっぽいという、この皮肉はジュデっぽい。

第二部では、唐突に"逸話や記号についての短い辞典"というパートが始まり、ジュデがピックアップした興味深い単語をアルファベット順に並べていく。セックスに関連した単語だと、[フェラチオ]は実際のフェラチオの映像に"オンライン辞書で最も調べられている単語"と重ねられている。この事実は後にエミを"セックスという汚いことをする人間という下位種族"みたいな目線で眺めて、自分のことを棚に上げて寄ってたかって虐める人々の姿と対比されている。また、[ブロンド・ジョーク]は"金髪尻軽女"というステレオタイプに基づく一連の性的ジョークを指す。これは、エミがブロンドであることと関連しており、上記の保護者たちがそういった偏見に基づいて行動していることを暗示している。また、ここまで話が大きくなったのは、エミが女性だからという面もあるだろう。仮に男だったならここまで問題になっただろうか?現にアップロードした夫は、セックステープにも登場しているにも関わらず、以降の本編中には一切登場しない。[Page 5 Girl]はよく売れていた際どいグラビア付きの新聞を指し、結局他人の性的なものを消費する人々を皮肉っている。[ポルノグラフィ]では、紀元前に作られた概念の説明にサイレント時代のポルノ映画が重ねられ、後の保護者会で"セックステープはポルノグラフィなのか"という議論の補助をしている。
学校・教育・保護者会関係だと、[家族]では"10人に6人の子供が家庭内暴力に晒されている"と説明され、[学校演劇]では殉教者の演劇(?)の終幕で死刑執行人に扮した黒ずくめの大人が生徒たちの首を順番に刎ねていく。これらを見てしまうと、自分のことを棚上げして他人を我が物顔で裁く保護者たちは、他の問題を見過ごすなり、知っていても知らぬふりをして別の問題を持ち出し、それを覆い隠そうするなり、そういったアクションで自分が責任を被ることを回避しようとしているようにも見える。また、[知識人]の項目ではテレビの討論会で女性キャスターに"文盲のバカ女"と喚き散らす政治家らしき男が登場し、ドヤ顔でエミの"問題"を"議論"しようとする愚かしさを皮肉っている。
過去作品に関連する単語だと、まず[国軍]を"国民に対する弾圧手段"として軍が人民に銃を向けた出来事を片っ端から並べていく。保護者会にも歴史修正主義者の軍人が登場するが、彼は『I Do Not...』で登場したアントネスクによるユダヤ人虐殺をフェイクだと叫び、それについて生徒に教えたエミを"ユダヤの手先"と断じる。彼の存在は[愛国主義]という項目とも共通している。[レイシズム]ではロマの女性を乗車拒否したバス運転手の実際の映像が流される。『I Do Not...』や『The Exit of the Trains』における反セム主義、『Aferim!』におけるロマ差別を意識しながら、"名門高校の子供を持つ親"としてロマや農民の子供たちを馬鹿にする彼らにも通底している一種のウイルスのようにも思える。その他、上記のものを含めて70近い単語が紹介される。このように本作品、過去作品、もしかすると未来の作品にすら言及しているかもしれない、ジュデのキャリアにおける"索引"のような第二部は、手法こそ特異だが、人類が誕生して以来社会で起こった全ての偽善や偏見に届き得る強烈な風刺を展開している。

第三部"実践と当て付け(或いはシットコム)"では、保護者会に集められた親たちとエミとの終わりなきバトルを描いている。基本的には議論は平行線で、エミの言葉の揚げ足を取ったり、自分が言われても言い返せそうにないことをエミに投げつけたり、自分の正当化のために"専門サイトにアップしたセックステープが拡散された"ことより遥かに問題のある思想を引用したりして、感情優先の異端審問のように描かれている。そして、"教師のセックステープを見た子供たちへの影響"という最も重要なポイントだけを華麗にスルーして"議論"は途中から脱線し、エミの授業について(国民的詩人エミネスクについて、アントネスクによるユダヤ人虐殺についてなど)やエミ本人についてにまで及び、エミはその全てを打ち返しながらも疲弊していく。まるで『I Do Not...』における歴史修正主義者との長い長いバトルを再び見ているかのようだ。保護者たちは多くの場合自身の感情を優先して正義に酔いしれ、それを補強するように言葉を並べているので、全く建設的な議論に発展せず、論点をズラして勝ったような気になっているんだが、それも『I Do Not...』の市職員の男とそっくりだ。彼らの行動の基となる[感情]について、第二部では"心が脳よりも倫理的に優れているという確信があるのはなぜか?"と辛辣に評されている。

ジュデは[映画]について、メデューサとペルセウスのたとえ話を引用している。本当の恐怖(=メデューサ)は、それによって麻痺してしまうために、直接見ることは不可能で、それらの形をした再現物(=アテナの鏡盾に写った鏡像)を見ることでしか、確認することが出来ない。映画はそのアテナの鏡盾の役割を果たす、と。その考えには同意したいところだが、エミを文字通りの"正義の味方"にしてしまうのはちとやりすぎにも思える。

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・作品データ

原題:Babardeala cu bucluc sau porno balamuc
上映時間:106分
監督:Radu Jude
製作:2021年(クロアチア、チェコ、ルクセンブルグ、ルーマニア)

・評価:90点

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★ ラドゥ・ジュデ『Uppercase Print』ある抗議文から紐解くチャウシェスク時代の欺瞞
★ ラドゥ・ジュデ『The Exit of the Trains』ルーマニア、ある虐殺の記録
★ ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』コロナ、歴史、男女、教育

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★コンペティション部門選出作品
1. ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』コロナ、歴史、男女、教育
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10. マリア・シュペト『Mr. Bachmann and His Class』ぼくたちのバッハマン先生
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15. 濱口竜介『偶然と想像』偶然の先の想像を選び取ること

★エンカウンターズ部門選出作品
1. Samaher Alqadi『As I Want』エジプト、"Cairo 678"の裏側
2. Andreas Fontana『Azor』レネ・キーズはどこへ消えた?
4. ユリアン・ラードルマイヤー『Bloodsuckers』もし資本主義者が本当に吸血鬼だったら
6. Silvan & Ramon Zürcher『The Girl and the Spider』深い断絶と視線の連なり
7. Jacqueline Lentzou『Moon, 66 Questions』ギリシャ、女教皇と力と世界
8. ファーン・シルヴァ『ロック・ボトム・ライザー』ハワイ、天文台を巡るエッセイ
9. ダーシャ・ネクラソワ『The Scary of Sixty-First』ラストナイト・イン・ニューヨーク
10. ドゥニ・コテ『Social Hygiene』三密を避けた屋外舞台劇
11. Lê Bảo『Taste』原始的で無機質なユートピアの創造
12. アリス・ディオップ『We』私たちの記録、私たちの記憶

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Knights of Odessa
東欧/旧ユーゴ/ロシア/サイレント映画愛好家。好きな女優は必ず寡作。筋金入りの非線形天邪鬼。2022年はハンガリー&ブルガリア&香港NWを中心的に。2020年代はカンヌ映画祭のコンペ作品をコンプするぞ! 依頼等はknightsofodessa0715 at gmail まで