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ラドゥ・ジュデ『アーフェリム!』強烈な皮肉を以て語るルーマニアの差別の歴史

"Aferim!"とはオスマントルコ語で"ブラヴォー!"という意味らしい。1853年のワラキア地方におけるルーマニア人のロマ族差別を描くジュデのキャリアで恐らく最も有名な作品。

保安官のコンスタンディンとその息子イオニータは地主の妻を寝取って逃げたロマ族奴隷カルフィンを探す旅に出ている。コンスタンディンの口からはこちらの語彙が豊富になるくらい数多くの罵詈雑言が流れ出し、息子イオニータはそれをマネて威張り散らす。キリスト教の司祭ですら"貧乏人は暇だから祈ってばかりだ"と吐き捨て、ノアの時代から呪われている部族だと侮蔑する。コンスタンディンだけが差別主義者ではないことを示す司祭の暴走シーンは主人公親子ですらドン引きするほどの暴言がポンポン飛び出す。

やがて同業者との情報交換からカルフィンはあっさりと見つかり、同じ家に隠れていた脱走奴隷の少年ティンティリックと共に捕縛される。もと来た道を引き返す四人だが、コンスタンディンは途中で寄った市場でティンティリックをパン以下の値段で売り払う。その後何もなかったかのように簡易観覧車に乗るイオニータを映すことで、さっきの光景がありふれていたものだったと示すのだ。売った金で乗ったのだろうかと思うと恐ろしい。

ルーマニアはモルドバと同じく東欧では珍しいロマンス語族に属しており、オスマン帝国に200年近く支配されていた背景からか多国籍人とくにトルコ人への敵対心も強かったようで、コンスタンディンを始めとしてルーマニア人と特定できる人物は自国民以外の人間に対して差別的な発言をしている場面が目立つ。

モノクロであることで画面と我々の間には一定の距離があるように見えるが、物語においては陸続きであり、当時のルーマニア人とロマ族の間にあった"伝統的な差別"というのは我々と何かしらの間にも当然あるだろう。善悪と人種は関係ないということを学んだ親子は小さな一歩を踏み出すも、大きな力によって阻まれ、これまで通りの生活に戻っていく。彼らの背中を映すロングショットで幕を閉じるのだ。

地主がイチゴみたいな帽子を被って出てきたのには笑ってしまった。

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