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ジャクリン・レンジュ『ムーン、66の問い (Moon, 66 Questions)』ギリシャ、女教皇と力と世界

ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。主人公アルテミスは親類に呼ばれ故郷アテネに戻ってくる。何年も戻らなかった原因である父親パリが多発性硬化症によって介護を必要とするためである。子供の頃からほとんど話したことのない父親への愛憎入り交じる感情は臨界値を越えているが、渋々介護を始める。アルテミスが父親と直接向き合っていない時間は、彼女がパリとの古い記憶を再演したり、パリになりきったりするなど終始謎の行動を取っているようにも見える。これは恐らく、同年代の女の子たちの輪に入れない序盤から一緒に遊ぶ終盤にかけてのエピソードと同様に、長らく帰ってこなかったアテネにおける止まった時間そのものを表しており、父との記憶を追体験しすることでそれを溶かし動かしていく様を捉えているのだろう。ありがちな親子確執もののクリシェを辿りながら、映像的に過去と現在を交わらせて親子の融和を描く点において優れていると言える。

もう一点本作品が特異なのは、三つの章の区切りにタロットカード(女教皇、力、世界)を使ったり、父との記憶の構成にVHSテープを使ったりする点だろう。前者の"ただの絵に暗示的な意味を持たせる"という使い方と、後者の"映像と全く関係ないことを読み上げる"という使い方が全く異なっていて、新旧のメディアに対する捉え方の違いを見ているようで興味深かった。

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・作品データ

原題:Selene 66 Questions
上映時間:108分
監督:Jacqueline Lentzou
製作:2021年(フランス, ギリシャ)

・評価:70点

・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1. ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』コロナ、歴史、男女、教育
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8. ホン・サンス『Introduction』ヨンホとジュウォンのある瞬間
9. ジョアナ・ハジトゥーマ&カリル・ジョレイジュ『メモリー・ボックス』レバノンと母娘を結ぶタイムカプセル
10. マリア・シュペト『Mr. Bachmann and His Class』ぼくたちのバッハマン先生
11. ナジ・デーネシュ『Natural Light』ハンガリー、衝突なき行軍のもたらす静かな暴力性
12. ダニエル・ブリュール『Next Door』ベルリン、バーで出会ったメフィストフェレス
13. セリーヌ・シアマ『Petite Maman』一つの家二つの時間、小さなお母さんと私
14. アレクサンドレ・コベリゼ『見上げた空に何が見える?』ジョージア、目を開けて観る夢とエニェディ的奇跡
15. 濱口竜介『偶然と想像』偶然の先の想像を選び取ること

★エンカウンターズ部門選出作品
1. Samaher Alqadi『As I Want』エジプト、"Cairo 678"の裏側
2. Andreas Fontana『Azor』レネ・キーズはどこへ消えた?
4. ユリアン・ラードルマイヤー『Bloodsuckers』もし資本主義者が本当に吸血鬼だったら
6. Silvan & Ramon Zürcher『The Girl and the Spider』深い断絶と視線の連なり
7. Jacqueline Lentzou『Moon, 66 Questions』ギリシャ、女教皇と力と世界
8. ファーン・シルヴァ『ロック・ボトム・ライザー』ハワイ、天文台を巡るエッセイ
9. ダーシャ・ネクラソワ『The Scary of Sixty-First』ラストナイト・イン・ニューヨーク
10. ドゥニ・コテ『Social Hygiene』三密を避けた屋外舞台劇
11. Lê Bảo『Taste』原始的で無機質なユートピアの創造
12. アリス・ディオップ『We』私たちの記録、私たちの記憶

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