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フリーガウフ・ベネデク『The Milky Way』風景は、やがて映画になる

ハンガリー映画の新世代として各国の映画祭や映画雑誌を沸かせている存在として、パールフィ・ジョルジとフリーガウフ・ベネデクがいる。しかし、前者が頻繁に紹介されているのに対して後者は長編四作目『愛を複製する女』がそれとは別の文脈で紹介されただけに過ぎない。なら私が紹介しようというのがこの企画である。

フリーガウフ"ベンス"ベネデクは1974年8月15日ブダペスト生まれ、元は作家志望だったもののお金がないため諦め、舞台のデザイナーになるべく勉学に励んでいた。大学卒業後はテレビ局(ハンガリアン・テレビジョン)に就職し、そこで監督・編集者としての修行を積む。特にヤンチョー・ミクローシュや Sopsits Árpád の下で学んだことが彼のその後の作品に影響を及ぼしている。映画学校に一度も行ったことがないフリーガウフは入社翌年の1999年に『Határvonal (Border Life)』という短編ドキュメンタリー映画で監督デビューを果たす。続く『Beszélő fejek (Talking Heads)』(2000)は六つの都会での生活を描いた短編映画で、 Hungarian Film Week の最優秀実験映画賞を受賞した。続く『Van élet a halál előtt?』(2001)や『Hypnosis』(2002)といった短編映画でも批評家受けは非常に良かった。

2003年になって、ブダペストに暮らす若者の生活を撮った初長編『Forest (Rengeteg)』(2003)を製作した。そして、ベルリン国際映画祭インターナショナル・フォーラム・オブ・ニュー・シネマに招待され、当地で絶賛されて、ヴォルフガング・シュタウテ賞を受賞した。同作はドグマ95との類似性を指摘されたが、本人としては70年代のブダペスト・スクールやタル・ベーラの作品を下敷きにしていたと語っている。

2004年、長編二作目『Dealer』を製作し、これも絶賛される(これは別の記事で)。そして、満を持して製作された長編三作目が本作品である。といっても説明に困るほどの実験的映画で、どちらかというと博物館のインスタレーション作品のような趣のある作品だ。基本的には平面的な画をワンシーンワンカットで撮っており、各場面を集結させる運動が非常に興味深いという、ある種のコメディのような作品でもある。

例えば、一番最初のシーンは真っ暗な中で回り続ける風車が朝日を浴びるまでの長回しで、続くシーンはテントから起きてきた女性が用を足して戻ると風でテントがふっ飛ばされるというもの。風の可視化と横移動という運動。埠頭で乳母車を押す母親がそれを放置し、画面の奥から手前に釣り船がワープする。画面で切ったからこそ起きる映画的な魔法。
盛り土を自転車に乗って越えようとする二人組は、超えた後で画面中央に立っていた巨木の枝にある鳥の巣から煙が出ていることを発見して画面奥に走り去る。二次元世界から三次元世界への拡張。
プールで画面左端にいた爺さんが、右端にいるおばちゃんにすり寄ってセックスする。登場人物と性別を勝ち得る。
車から空気入れたトランポリンみたいなやつを降ろし、それに親子が乗って遊ぶ。映画という娯楽の正体。
積み上がったコンテナの中から、荷物に入れられていた女性を助け出す。初めて立体的に置かれたブランコという物体を完全に無視して、遠くを歩いていた老女が倒れて死ぬ。暗闇の中、親子が斜面に雪だるまを作る。それぞれ映画的なジャンルの獲得。
そして、一日を追っていた映画は日が暮れてしまい、闇の中印象に残る意味不明なダンスを踊る男女を以て締めくくられる。

ある一日の中にも人々の生活があり、それぞれのエピソードから映画としての要素を垣間見せることで、それが映画引いては芸術になりうるということ。フリーガウフの思う"映画とは何か"という問いに対する答えが詰まった実験映画だ。

・作品データ

原題:Tejút
上映時間:82分
監督:Fliegauf Benedek
公開:2007年8月7日(ロカルノ国際映画祭)

・評価:78点

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