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2019年 新作ベスト10

今年は大学卒業後に時間があったこともあってか、新作映画を200本近く観ることが出来た。釜山映画祭に行き、noteも書き始め、ハンガリー映画史も書き終え、未公開映画についても数多く鑑賞出来たことで、個人的にも充実した年になった。しかし同時に、慢性的な金欠からパンフレット購入を止めたり、料金の高さから映画館そのものから足が遠のいた年でもあり、変化の年でもあった。最近は新作映画ばかり観ていて、そろそろ旧作も観たいなと思いつつ、新作ベストを紹介しようと思う。
基準は①2019年製作の映画、②2018年製作だが2018年に観られなかった映画、③2019年日本公開の映画。なので、アブデラティフ・ケシシュ『Mektoub, My Love: Canto Uno』や、ガイ・マディン『The Green Fog』といった2017年の作品は泣く泣く外している。
尚、下線のある作品は別に記事があるので、そちらも是非どうぞ

1. Portrait of a Lady on Fire (セリーヌ・シアマ)

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今年は旧作も併せると650本ほど鑑賞したが、本作品がぶっちぎりで1位を獲得した。彼女たちと過ごした二週間が体感二時間で駆け抜けていくかのような幸福感と喪失感に溢れる本作品は、思い出せば思い出すほど完璧な映画であると感じる。全秒が尊い稀有な映画だ。

2. Beanpole (カンテミール・バラゴフ)

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カンテミール・バラゴフは今世界が最も注目する新世代の一人だ。そんな彼の最新作は、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』に触発されて製作された、女帰還兵同士の切り離せぬ友情と『仮面 / ペルソナ』的なパーソナリティの融和をテーマとしたグロテスクな戦後絵巻だった。"BEANPOLE=のっぽちゃん"と呼ばれるイーヤはPTSDから硬直する発作を起こし、その親友であるマーシャは子供が産めない体になっていた。終戦直後のレニングラードで、表面的な復興は始まれど未だ戦争の中にいた人々に温かな光を当て、身体の機能欠陥から"再び生き続ける意味"を模索してもがく二人の女性を描き出していく。あまりにも素晴らしい。

3. Curtiz (Tamas Yvan Topolanszky)

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マイケル・カーティスの伝記映画と言ってしまえば、この映画の魅力を欠片も伝えきれない。『カサブランカ』の舞台裏をモノクロで再現し、棄てられた娘がハリウッドにやって来るところから神話の別視点解釈が始まる。下手なCGで蘇ることのないバーグマンとボギーは、そのまま娘とカーティスの関係に置換され、デス・スターの設計図強奪を親子愛の結晶と作り替えたように、『カサブランカ』を一歩も踏み出せなかった男の悲哀の物語に再構築したのだ。

4. Ema (パブロ・ラライン)

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どうしようもなく魅力的なマリアナ・ディ・ジローラモと監督が出会ったことで企画が180°変わってしまった『Ema』は、コンテンポラリーダンサーと演出家のカップルが養子縁組に"失敗"する場面から始まる。愛の在り方が多様化する世界において、杓子定規な規定から子供を失ってしまった彼らの自由への飛翔はダンスによって支えられ、世界を破壊していく。

5. Leto (キリル・セレブレニコフ)

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マイク・ナウメンコ夫妻とヴィクトル・ツォイの伝記映画、かと思いきや彼らの楽曲はほとんど使われない。逆に当時の西欧ロックからイギー・ポップやトーキング・ヘッズの曲を英語で歌い、映像をカラーにしたり塗りつぶしたり、ロックそのものが本来持っていた体制への反骨精神を映像のアナーキズムとして昇華する。そして、映画を客観的に見つめる人物を投入し、"それはここでは起こらない"と言及させることで、ソ連が崩壊しても全く変わらず弾圧が続けられる現代ロシアへの批評にも繋がってくる。華麗だ。

6. Bacurau (クレーベル・メンドンサ・フィリオ&ジュリアノ・ドルネス)

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ブラジル北西部の村で再構築された現代のウエスタンは、水も食料も制限され、地元の悪党はのさばり続け、それを良いことに悪徳政治家がのさばり続ける現代のブラジルを完璧に圧縮していた。そして、その村に白人集団が襲撃してくることで、ブラジル現代史をも圧縮し、予想も付かないラストへと転がり込む。

7. Luz (Tilman Singer)

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タクシー運転手ルースの身に何があったのか。催眠療法を用いてその事故を再現していくだけの映画ながら、その表現手法は常軌を逸している。普通の映画であれば再現ドラマとして挿入される、つまり患者の目線で語られるが、本作品では横にいる刑事の目線、つまり現在の目線で語られる。しかも、催眠療法を使う精神科医にルースの大過去を背負わせることで、現在(事故後)、過去(事故)、大過去(事故以前)を一つの画面に収めることに成功しているのだ。こんな優れた映画が他にあるだろうか。

7. Starfish (A. T. ホワイト)

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親友の葬儀の翌朝、世界から人間が消えた。通りには化物、無線からは彼女のサポートを申し出る謎の男の声。さあ、世界を救うバトルの始まりだ…とはならない。"人の居ない世界って私の求めてたものじゃん"とあっさり男の誘いを断って家に引きこもる。ポストアポカリプス系SFホラーのジャンル映画的な枠組を持ちながら、クリシェをかなぐり捨てた本作品は、親友を失って自暴自棄になる女性の内的宇宙に潜り込み続ける。『アド・アストラ』と『ミッドサマー』を同時に観たかのような豊穣な自己セラピー映画。

8. The Lighthouse (ロバート・エガース)

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森への原始的な恐怖を描いた『ウィッチ』から更に進化した本作品では、海への原始的な恐怖をあぶり出し、灯台という高低差に"光を求めて上を見上げる"構図が加わり、男同士の『仮面 / ペルソナ』が完成する。くっついたり離れたりする二つのパーソナリティは衝突と融和を繰り返し、大きな波に飲み込まれていく。ポセイドンとプロメテウス、ラブクラフト的な触手の神々と人魚への寓意、前作のヤギを引き継いだカモメの恐怖。全てにおいて天才的なブラックコメディ。

9. I Do Not Care If We Go Down in History as Barbarians (ラドゥ・ジュデ)

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歴史修正主義者は意識的にも無意識的にも歴史を"浄化"し続ける。若いアーティストがルーマニア軍によるユダヤ人虐殺の劇を演出することになり、歴史修正主義者たちは寄ってたかって彼女に詰め寄る。そして、彼女が完璧に打ち返すと、全く違う方向へボールを持っていって勝ち誇ったように去っていく。"虐殺行為"を"蛮族の所業"としたのは虐殺者本人であるが、それすらなかったことにしようとする現代の人間は"蛮族"以下にしか見えない。そして、共産主義時代の遺産を描くルーマニア・ニューウェーブと歴史ものを融合し、共産主義時代を完全にスルーした本作品は、ラドゥ・ジュデのキャリア総括的な作品に違いない。

10. Take Me Somewhere Nice (Ena Sendijarević)

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旧ユーゴ諸国の戦争で故国を後にした子供たちは成長し、自身のアイデンティティの放浪を映画として描く年齢まで成長した。彼ら/彼女らの帰属意識は強烈な憧れとなって、決して現れない"故国=ここより素敵な場所"を求めて彷徨い歩く。本作品はそれに十代の子供たちにある帰属意識の放浪まで付け加えた。反射を多用する画面は空間を拡張する作用の他に、主人公アルマの二面性を指摘し、大人でも子供でもなく、オランダにもボスニアにも居場所がないことを提示する。あまりにも圧倒的。

11. アンカット・ダイヤモンド (ジョシュ&ベニー・サフディ)

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この胡散臭いアダム・サンドラーは、金を借りて金を返すために生きているような存在だ。どうしようもない人間だがどうしようもなく魅力的な彼は、妻や恋人、同僚、借金取り、ケヴィン・ガーネットを巻き込んだ最後の賭けの打って出る。早口で捲し立てるが、全く中身のない会話を繰り返すハワード・ラトナーは、追い詰められて空回りし続ける人間の代表のようにも見えてくる。ラスト30分で急激に犯罪映画として爆走し始めるエゲツない疾走感が堪らない。

12. Donbass (セルゲイ・ロズニツァ)

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年初にロズニツァに出会い、その半年後に新作である本作品に出会ったので、今年はロズニツァの年と言っても過言ではない。ロシア軍とウクライナ軍が鎬を削るドンバス地区で起こる、誰が誰だか、誰が何をしてるのかすら分からないハイブリッド戦争の実態を提示する本作品。シンプルに訳が分からないが、当人たちも何が起こってるか分からないっぽいのが一番のポイントだろう。

13. サンセット (ネメシュ・ラースロー)

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ハンガリー映画史を書くきっかけにもなった帝国の落日と個人主義時代の到来を描いたハンガリー映画。帽子を選んだのは顔だけを映し続けるためだろうと思ってしまうほど、豪華なセットも豪奢なドレスも背景と化していく。圧倒的な大傑作。

14. Knife + Heart (ヤン・ゴンザレス)

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大学でフランスのポルノ映画について学んだというヤン・ゴンザレスが放つサンプリング映画。私は何度観てもこの映画の魅力を捉えきれない。

15. 憶えてる? (ヴァレリオ・ミエール)

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記憶が良いようにも悪いようにも修正・改竄されていく様を描き、どこがメインかも分からないまま"意識の流れ"のようにある男女の記憶の中へ潜り込み続ける。『(500)日のサマー』を500倍に濃縮したかのような素晴らしい恋愛映画。

16. レ・ミゼラブル (ラジ・リ)

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田舎から都市部へやって来た新人刑事ものというジャンル映画としての枠組みをフル活用し、人種と宗教のサラダボウルとなった地区の姿を浮き彫りにしていく。パワハラ三昧の刑事たちは"自分たちだけが正しい"と思い込み、彼らの後ろでは人種や宗教間の対立が爆発寸前、子供たちはゴミの中で遊び、それぞれが独自のコミュニティを形成しながら軋轢を生んでいた。そこに、ロマのサーカスからライオンの赤ちゃんが盗まれる事件が発生し、ギリギリの状態で安定していた均衡が崩れ去っていく。しかし、正直ここまでならありがちな社会批判ものだ。映画は後半に掛けて大きく様変わりする。

17. Chained for Life (Aaron Schimberg)

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冒頭で引用されているポーリン・ケイルの"俳優女優は美しくあるべきだ"という文言を見てしまえば、レックリングハウゼン病を患うローゼンタールを中心に据えてルッキズムへの批判を展開する退屈なお説教映画になるのかと思いきや、映画はそんな予想を遥かに超えていき、ルッキズムが問題になり始めた世界のその後を描くような華麗な共存を生み出していく。何重にもなった挿話や妄想の入れ子構造は問題の複雑さをそのまま体現しているようで、表面的には他愛ない会話で終わる世界でも、現実の世界はもっと混沌としていることが的確に提示されている。

18. Ray & Liz (リチャード・ビリンガム)

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一度は駄作と思ってしまうほど運動には気にかけていないが、静かに崩壊していく家族の年代記を、家族を使わずに描く狂気の映画は評価せざるを得ない。映画のほとんどは留守番を頼まれた叔父さんと同居人のバトル、そしてネグレクトされた末っ子の孤独な放浪に焦点が当たり、その裏でバラバラになっていた家族が朧気に浮かんでくる。これ、監督のセルフポートレートのはずなんだけど…?

19. The Last Black Man in San Francisco (ジョー・タルボット)

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ジェントリフィケーションによってハーレム地区を追われた黒人たちは、ハンターズポイントと呼ばれるこの世の果てで暮らしていた。主人公二人は幼い頃暮らしていた祖父の屋敷を取り返すことを望み、今の地区に馴染むことすら出来ない現状を憂う。『コロンバス』と並ぶ建築映画でもあり、ジェントリフィケーションによって"浄化"されてしまったサンフランシスコの"清潔"な街並みが二人の疎外感を際立たせる。地獄の終焉は新たな地獄の始まりだ。

20. Frances Ferguson (ボブ・バイイントン)

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迷ったなら入れる精神を尊重して、他の作品を抑えてぶち込む私の大好きな作品。世界を受け入れることも馴染むことも拒み、孤独につまらない人生を送る最強ヒロイン、フランシス・ファーガソンが小さなボタンの掛け違いからもっとつまらない人生に転落する様を描くブラックコメディ。

・一応、日本公開作のベストも

日本の一般公開作品はこんな感じだが、正直下の四本は絞り出した結果。
1. ひかりの歌
2. サンセット
3. パラサイト 半地下の家族
4. 女王陛下のお気に入り
5. 帰れない二人
6. お嬢ちゃん
7. マリッジ・ストーリー
8. CLIMAX クライマックス
9. ボーダー 二つの世界
10. 存在のない子供たち

特殊上映も含めるとこんな感じ。
1. ひかりの歌
2. サンセット
3. 憶えてる?
4. ミッドサマー
5. パラサイト 半地下の家族
6. 女王陛下のお気に入り
7. 帰れない二人
8. お嬢ちゃん
9. チェリー・レイン7番地
10. イサドラの子供たち

・終わりに

来年は忙しくなりそうだが、出来るだけ時間を作って世界中の作品を観ていきたい。というわけで、良いお年を。

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