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【ネタバレ】ラジ・リ『レ・ミゼラブル』クリシェを嘲笑う現代の"ジョーカー"

超絶大傑作!!2018年のサッカーW杯に浮かれるパリ。二度目の優勝を果たした故国を祝して、シャンゼリゼは練り歩くファンで埋め尽くされる。そんな熱狂の中、主人公ステファンは田舎から新人刑事としてパリにやって来る。ヴィクトル・ユーゴーが『レ・ミゼラブル』を書いたと言われるその地区は、今ではマンションが乱立し、人種や宗教の入り交じる地域に様変わりしていた。監督ラジュ・リは今年39歳と遅咲きながら、デビュー作でカンヌ国際映画祭のコンペに選出され、そのまま批評家にも激賞され、クレーベル・メンドンサ・フィリオBacurauとともに審査員賞を分け合うという快挙を成し遂げた。

ステファンの指導に付いた昼番の先輩刑事、白人のクリスと黒人のグワダである。彼らは勿論田舎出身のステファンとは異なる倫理観を持っており、この街で警察をやるにはナメられてはいけないという信念のもと、出所したての男に"俺がブチ込んだの憶えてるか?"と声を掛けたり、不自然な場所に立っている少女にセクハラ捜査をしたりしている。当然、彼らの威圧的な態度は相当な反感を買っており、まるで爆発寸前まで膨れ上がった風船に火花をチラつかせるかのような態度で映画を危険にさらしていく。
一方、地元の少年たちはマンションの前のゴミ溜めになったスロープや小さなフットサル場で遊び、地元の大人たちはバザールで日用雑貨を売っている。地区のマンションのエレベーターは市の方針で止められており、日用雑貨などを窓まで持ち上げて運び入れる仕事をしている場面にも出くわす。また、冒頭のシーンでイスラム教徒が子どもたちを取り囲んでリクルートしているシーンがあり非常に驚いた。こんな感じで、エピソードを小出しにしつつ、ありがちな"現代の刑事もの"として物語は幕を開ける。

本作品には現代的な要素としてドローンが登場する。持ち主は監督の息子が演じるバズという少年で、団地を飛ばしながら窃視的な使い方をしていることからもスマホの危険性を暗に示している気すらしてくる。また、ドローンで撮影された映画のショットと共に、バズの視点を持った劇中ドローンのショットが共存することで、神の視点と人間の視点が共存したようにも見えるのだ。その後の展開から察するに、人間が神に近付きすぎたせいで散り散りにされた"バベルの塔"の寓話を思い出してしまう。

そんな中、ジプシーのサーカス団からライオンの赤ちゃんが連れ去られるという事件が発生する。バザールを取り仕切る"市長"率いる黒人勢力、肉屋の店主サラーを中心に集まるムスリム黒人勢力、そして"黒人のガキが盗んだ!"と言い張るロマのサーカス団は目に見えて対立し、亀裂は熱を帯びて広がり始める。そして、警察たちは彼らを丸く収めながら一抜けして威厳を保とうと躍起になる。しかし、ここまでの展開は言ってしまえば想像の範囲内だ。犯人はあっさりと見つかり、彼を殺しかけて隠蔽しようとする流れにも既視感を憶えなくはない。こうしてクリシェにクリシェを重ねていき、最終的に倫理観を問う疑問を投げ掛けて終わる。ここまでなら60点満点のうち60点のような、よくある刑事映画だが、本作品はここからの展開が凄かった。

===ここから先、ネタバレなのでご注意を===

後日。いつも通りパトロールをしていた刑事たちは、子どもたちに取り囲まれる。車の前にはロケット花火を抱えた犯人の少年が立っていた。彼はジョーカーになったのだ。『ジョーカー』はアーサー・フレックの何十にも重なった苦難の爆発、つまり我々がジョーカーだったわけだが、本作品は我々がジョーカーを作ったのだ。しかも、少年にはアーサーの持っていた脳の障害や蔑まれる部分など一つもなく、どこにでもいる人間なのだ。少年たちはメイヤーのオフィスにも警察の協力者の男の車にも花火をブチ込んでいる。顔が変形するほどの重傷を負った少年を蚊帳の外に置いて、隠蔽工作についての話題にすり替えた挙げ句、事なかれ主義の中で丸く収めてしまったからだ。火種を大きくしないようになあなあで終わらせた大人たちに対して、子どもたちは怒りを抑えてはいられない。ここにきて稚拙で既視感のあるジャンル映画的なクリシェ(つまり先達の遺産)、そしてドローンにすり替わってしまった暴力の問題は、決してありがちなジャンル映画の轍を踏み直しているわけではなく、世代間の認識の違いとして昇華され、想像もしない形で大爆発したのだ。

三人は逃げた子どもたちを追ってマンションへ突入し、マンションを戦場とした少年たちのゲリラ戦を食らうことになる。空砲と催涙スプレー、閃光弾のみで応戦する昼番三人に強烈な制裁を与え続ける少年たち。ガラスやコンクリート片を投げつけ、花火や爆竹を投げつけ、三人はマンションの袋小路に追い詰められる。頭を負傷したクリス、催涙スプレーを使い果たしたGwadaが絶望する中、ステファンは封鎖された階段を上がって説得を試みる。そこで見たのは、世界に失望した少年だった。

※現地レポート

釜山映画祭で最も大きいスクリーンでは、ほとんど途中退場者を出すことなく上映を終え、地鳴りのような歓声とともに監督ラジュ・リとステファン役のダミアン・ボナールが登場した。"立ってるのもなんだし、座っていい?"と言って舞台の端に座った気さくな監督は、熱っぽく映画について語り、韓国語フランス語通訳という何も分からない空間ながら楽しんでしまった。釜山の訛りもあったらしく韓国語の分かる友人も全部は聞き取れなかったと言っていたが、資金繰りに苦労したことは分かった。かなり心配していた作品だっただけに、圧倒的な結末への満足度の高く、ブリュノ・デュモン『Joan of Arc』、パブロ・ラライン『Ema』に続く大傑作として、大いに満足した一日になった。

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・作品データ

原題:Les Misérables
上映時間:102分
監督:Ladj Ly
公開:2019年11月20日(フランス)

・評価:100点

・BIFFレポート

① ペドロ・コスタ『ヴィタリナ』闇の世界、止まった時間
② ブリュノ・デュモン『Joan of Arc』天才を殺す凡夫たちへの皮肉
③ パブロ・ラライン『エマ、愛の罠』規格化された"愛"への反抗と自由への飛翔
④ ラジ・リ『レ・ミゼラブル』クリシェを嘲笑う現代の"ジョーカー"
⑤ セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』あまりにも圧倒的な愛と平等の物語
⑥ Arden Rod Condez『John Denver Trending』根拠なきSNSリンチに国家権力が加担するエクストリームいじめ映画
⑦ カンテミール・バラゴフ『Beanpole』戦争は女の顔をしていない
⑧ ベルトラン・ボネロ『Zombi Child』社会復帰したゾンビを巡るお伽噺
⑨ ジュスティーヌ・トリエ『愛欲のセラピー』患者を本に書くセラピストって、おい

・カンヌ国際映画祭2019 その他のコンペ選出作品

1. マティ・ディオップ『アトランティックス』 過去の亡霊と決別するとき
2. クレベール・メンドンサ・フィリオ&ジュリアノ・ドネルス『バクラウ 地図から消された村横暴な権力へのある風刺的な反抗
3. ジム・ジャームッシュ『デッド・ドント・ダイ』ゾンビ映画の原点回帰、或いはジャームッシュのエンドゲーム
4. アイラ・サックス『ポルトガル、夏の終わり』ようこそ、"地上の楽園"シントラへ!
5. テレンス・マリック『名もなき生涯』無名の人々が善意を作る
6. エリア・スレイマン『天国にちがいない』パレスチナ人は"思い出す"ために酒を飲む
7. ジェシカ・ハウスナー『リトル・ジョー園芸版"ボディ・スナッチャー"
9. ラジ・リ『レ・ミゼラブル』クリシェを嘲笑う現代の"ジョーカー"【ネタバレ】
11. アルノー・デプレシャン『ルーベ、嘆きの光』そして、ひとすじの光...
13. ペドロ・アルモドバル『ペイン・アンド・グローリー』痛みと栄光、これが私の生きた道
15. セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』あまりにも圧倒的な愛と平等の物語
16. ジュスティーヌ・トリエ『愛欲のセラピー』患者を本に書くセラピストって、おい
18. マルコ・ベロッキオ『シチリアーノ 裏切りの美学』裏切り者は平和に生きる
19. コルネリュ・ポルンボユ『ホイッスラーズ 誓いの口笛』口笛を吹く者たち、密告者たち、そして裏切者たち
20. ディアオ・イーナン『鵞鳥湖の夜』横移動を縦に貫く"ネオン"ノワール
21. ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『その手に触れるまで』過激思想に走る少年描写で守りに入りすぎ

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