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ダルデンヌ兄弟『その手に触れるまで』過激思想に走る少年描写で守りに入りすぎ

ダルデンヌ兄弟が子供を題材にしていた時代に戻ってきた。しかも、『イゴールの約束』に。同作は不法移民の労働斡旋を行う父親に黙って従い続ける少年が、移民の母子と出会うことで純粋さを取り戻していく物語であり、母親やそれに準ずる人間の欠落を移民の女性が埋める形で擬似的な親子関係を完成させていた。一方本作品では、その構図は現実世界と同じ様に後味が悪く、最悪の形で再構築されてしまった。ベルギーの田舎で暮らすアーメッド少年は地元の過激派の男、そしてジハード戦士を"父親"とし、口うるさい母親やアラビア語教師のイネス先生を敵視する。年頃の少年としての母親嫌悪、イスラム教原理主義的な"不浄なる女性"に対する嫌悪が重なり合い、欠落した父親を追い求めるように過激派に傾倒していく。両者の構造は似通っているが、イゴールに近かったカメラはアーメッド少年からは遠ざかっており、次第に闇落ちしていくアーメッド少年からは距離を置くようにしているのが最大の違いか。

物語の主軸は、このアーメッド少年とイネス先生とのバトルにある。"本当の"イスラム教徒は女性と握手しないと言って彼女の存在をはねのけ、"彼氏がユダヤ人"だからという理由で彼女がイスラムの文化を破壊しようとしていると言いふらす。次第に思考がエスカレートしていき、ついにイネス先生を殺しかける。施設に入れられても、"反省してるので会わせてください"と言って殺す機会を伺う。過激派の男はコーランをアラビア語で引用させ、過激な思想を押し付けるのではなく内側から引き出すような方法を取って洗脳していくのはなんとも恐ろしいし、"俺は殺せなんて言ってねえ"とヌかしてさっさと退場するのも妙にリアルだ。

映画はアーメッド少年を好きになる少女を登場させることで、別の問題も提起する。彼女はアーメッド少年にキスを迫り、彼は了承してキスに至るが、それは"不浄な女性"と接触することであり、彼は自らの意志でキスしたことを忘れて怒り狂う。しかし、イネス先生へ向けられたような決定的な殺意にまでは結びつかない。つまり、過激主義者が"自分のいいように"コーランを拡大解釈して引用することで自己正当化を図っているだけで、それがジハードでもなんでもないただの私怨であることを薄く指摘しているのだ。アーメッド少年の理論からすれば、帰り際に握手を求めたが未遂に終わったイネス先生とキスを完遂してしまった少女では、後者のほうが圧倒的に殺意が湧きそうなのに、彼は前者に執着し続けるのは私怨以外の何ものでもない。

しかし結局、映画は夢物語のようなお望みの結末を迎えて終わってしまう。初の宗教もので荷が重かったんだろうか。ただでさえ白人の老人が若いイスラム教徒の過激思想の話を描くという枠組みだけで炎上寸前なのに、この中身の無い結末はビビりすぎというか守りに入りすぎというか。残念。

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・作品データ

原題:Le jeune Ahmed
上映時間:90分
監督:Jean-Pierre Dardenne、Luc Dardenne
公開:2019年5月22日(ベルギー)

・評価:40点

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