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ヤン・ゴンザレス『Knife + Heart』ゲイポルノ界隈から覗くマイノリティの感情

超絶大傑作。こんなポップでサイケデリックな悪夢譚がカンヌのコンペに選出されたのは最早奇跡と言っても過言ではない。おそらくフランス映画じゃないとお声すらかからなかっただろう。そして、監督ヤン・ゴンザレスとしても本作品が長編二作目なのにこの完成度の高さには驚かされる。ただの変態なマンディコとは比べ物にならないくらい洗練されている。ちなみに、マンディコとは親友らしく互いの作品に出演し合うほどの仲。本作品にもマンディコは登場している。仲良しかよ。

舞台となるのは1979年の仏ゲイポルノ界隈、三流ゲイポルノ監督アンが主人公である。彼女は編集担当の女性ルイスに狂気的な恋愛感情を抱いており、ルイスはそれに応えきれない。アンのような情熱的でアル中で編集の女性に恋していた女性ゲイポルノ監督が実在したらしく、ゴンザレスはクリストフ・ビアの『ポルノ事典』で読んだ事実から着想を得ているらしい。実際、アンもウィスキーをボトルで浴びるように飲んでいるし、そこらで出会うゲイや"可愛い"系男子を口説いてはポルノ映画に出演させている、かなりやり手かつ激烈な人間であることが分かる。それは私生活にも及んでいて、ルイスへの愛情は御しきれないほど爆発しており、彼女を自身の下に止め置く=映画を作り続けることと信じて日々三流映画を量産している。ルイスだってアンのことは好きだし、編集しながらフィルムに焼き付けられたアンを見つめていることからもそれが分かる。ゴンザレスも"映画を通して恋愛を成就させる事ができると思うことは気に入っている"と言っている。

物語のもう一つの主軸は、彼女の映画に出演したポルノ男優が次々と殺される事件である。犯人は怪物マスクに身を包み、それが誰であるかは分からない。その造形や演出方法は前の短編『アイランズ』にそっくりだ。冒頭で亡くなった男優の追悼企画として、一行が犯罪ポルノ『Homicidal』の映画を撮り始めたことにより、現実=殺人事件とその捜査と虚構=ゲイポルノが結びつき、陸続きとなる。現実における不穏な空気と虚構における艶めかしい空気が融合され、サイケデリックさがどんどん増していく。

アンは『Homicidal』の犯人を自分にしている。そして、刑事役の男優に"昼間は母親、夜間は人殺し"と言わせているのだ。確かに、アンは日が差している間は俳優たちの"母親"として現場を指揮しているのに対して、夜は酒浸りになって、レズビアンバーに行ったり、公衆電話からルイスに電話を掛けたりして"孤独"と自らの"暴力性"を噛みしめる。自分を犯人にしたのは罪悪感があってのことだったのかもしれない。そしてそれによって、犯人に寄り添うようになっていく。

出演者も中々面白い。ルイス役のケイト・モランは彼の初期短編から共に仕事をしていて、まるで兄妹のような関係らしい。盟友ベルトラン・マンディコもカメラマン役で出演している。彼のFrançois Tabouという役名も、70年代に実在したゲイポルノ映画の撮影監督François Aboutから持ってきている。Cathy役で出演したロマーヌ・ボーランジェは『野性の夜に』でゴンザレスの心を掴み、撮影の二年前からアプローチしていた。バーテン役で出演したイングリッド・ブルゴワンは勿論『シモーヌ・バルベス、あるいは淑徳』でポルノ映画館の受付として働く若いレズビアンの女性を演じていた。そんなタランティーノ的なゴンザレスの古い時代の懐古が含まれているのだ。

★以下、多少のネタバレを含む

連続殺人事件は明白な答えを用意してくれない。それが目的の映画ではないから。今と比べると、当時の性的マイノリティは当然のように社会からはみ出てしまっているだろう。或いは隠して生きていたかもしれない。映画で言及されるのはゲイの青年がセックス中に保守的な父親に殺される事件をポルノとして映画化したことだけであり、ここから生き残った片割れがゲイのポルノ男優たちや製作会社に対して鬱屈した感情を持つことは容易に想像できる。勿論、"自分の事件を使いやがって"という怒りや哀しみもあるが、ゲイであることをおおっぴらに出来ることへの羨望も含まれているだろう。サイケデリックな物語は、サイケデリックな世界でしか認められなかったマイノリティの自由さと不自由さをあぶり出し、その鬱屈した感情に集約された。見事。

交際を反対されて、恋人が奪い去られる。アンと犯人の対称性は性別以上のものがある。しかし、その感情をどこに導くかで結果は変わってくるのだ。アンは今日もウィスキーに浸りながら映画を撮っていることだろう。誰も編集することのない映画を。

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・作品データ

原題:Un couteau dans le coeur
上映時間:102分
監督:Yann Gonzalez
公開:2018年6月27日(フランス)

・評価:100点

・カンヌ国際映画祭2018 その他のコンペ選出作品

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