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ジャファル・パナヒ『ある女優の不在』時代を越えた3つの顔、或いはパナヒ的SF映画

革命期を生き延びた老女優、今を必死に生きる女優、そして女優志望の少女。イランの現代史を映画の中へ圧縮するには十分すぎるサンプリングだ。昨年のカンヌ映画祭にセレブレニコフが参加できなかったことは『Leto』の記事で書いた気がするが、パナヒも当然ながら参加できなかった。それどころか、映画製作すら禁止されているのに、コンスタントに"映画"を作っているのには驚かされる。映画じゃないっていう映画作ったり、タクシー運転手に化けたりして、どうにか映画を作っている世界一バイタリティに溢れるおっさんの一人だろう。三大映画祭との相性も抜群で、金獅子(『チャドルと生きる』)金熊(『人生タクシー』)までは制覇している。ということは前回のコンペはゴダール爺さんもいて、リーチかけた監督が二人も居たのか。

テヘランで女優を目指していた少女Marziyeh Rezaeiが、家族や婚約者の反対にあって村に戻されたことに絶望し、憧れの女優Behnaz Jafariに自殺動画を送る。だが、なぜか動画はパナヒに送られ、二人はMarziyehmのいる村を目指す。登場から既に車に乗っていたパナヒ一行は、基本的に車或いは部屋にいることが多く、フロントガラスや運転席側の窓を通して(つまり車に居るパナヒの目を通して)撮られるショットが多い。さながら、宇宙船の中から異世界を観察しているような気になってしまう。異世界というのはトルコ語と少しのペルシャ語しか通じない村のことであり、生や死を連想させる出来事、唐突な結婚式、全世代が同居する小さな宇宙なのだ。そこを旅するのが小さな宇宙船=車であり、外界との関係が切れる車の中こそが最も安全であるという設定はMarziyehを匿うことで現実化する。

ジャファリはMarziyehに出会い、そのまま引退した老女優Shahrzadにも会う。男に会いたくないという老女優はパナヒにも我々にも一切顔を見せず、それがそのまま検閲にあって見ることの出来ない革命以前のイランに重ねられる。出てこないのに"三つの顔"とした題名に皮肉が含まれているのは言うまでもなく、閉鎖的で前時代的なイランの不自由さを批判している。

しかし、これまでの作品では映画製作を禁じられたパナヒが試行錯誤を巡らせてそれに対抗する映画だったのに、本作品ではさっさと車を下りるシーンが多くある。がっつり映画を撮っているのだ。映画の枠を飛び越えて心配になってくる。しかも、この映画自体が『オリーブの林を抜けて』と『桜桃の味』を足して二で割ったキアロスタミ追悼映画のような立ち位置なので、全体的な味は薄めになっている。

最終的に、『オリーブの林を抜けて』を丸パクしたシーンにイランの未来を背負わせる。うーん、それで大丈夫なんか…?

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・作品データ

原題:Se rokh
上映時間:100分
監督:Jafar Panahi
公開:2018年6月6日(フランス)

・評価:80点

・カンヌ国際映画祭2018 その他のコンペ選出作品

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