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ウジェーヌ・グリーン『The Wall of the Dead』絶望から世界を救うのは、愛

大傑作。ウジェーヌ・グリーン最新中編。現代風のズボンに革靴を履いた人の足が大写しになって左から右に、入れ替わるように第一次大戦時の軍服を着た人の足が大写しになって右から左に、カメラと一緒に移動する。まるで当然のように交わるこれらの時制は、聖アウグスティヌスの引用句"そこには過去や未来などなく、過去だった現在と現在の現在と未来にある現在しかない"という言葉によって裏付けられる。夏のパリに独り残った学生アルノーは、第一次大戦戦没者の名前が刻まれた壁を興味深く見つめ、その夜にその中の一人であるピエールという青年を幻視する。ピエールはアルノーをあるマンションに連れて行く。各フロアの部屋に自分の恋人、老母、小さい弟がいて、一度目は短い休暇で帰ってきた過去編をアルノーに見せ、二度目は彼らを超越させるためにアルノーが語りかける。老母=過去、恋人=現在、弟=未来というそれぞれのモチーフを背負いながら、各人を結びつけていたピエールが消えて絶望している三人を、アルノーは"愛"を説くことで繋ぎ止める。その対話は、いつものウジェーヌ・グリーンっぽくカメラを覗き込むような正面ショットによって切り返さえるわけだが、これはカメラに(つまり我々に)語りかけるという意味もあるが、二人の話者の真ん中に我々を挟み置くことで、こちらの世界の時の流れまで改変してしまうかのような魔術的空間を創造することに重きを置いているようにも見える。そして、極めて単純化された様式だからこそ、"愛"についての理想論的導きが、優しく染み渡るように輝き始める。ラストのピエールのショットは『ポンデザール』のナターシャ・レニエが"蘇った"かのように美しい。そんな彼は消失点へ向けて消えていく、まるで現在に溶け込んでいくかのように。

・作品データ

原題:Le mur des morts
上映時間:51分
監督:Eugène Green
製作:2022年(フランス)

・評価:90点

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