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ラバ・アメール=ザイメッシュ『The Temple Woods Gang』バンリューギャング映画のジャンル解体

大傑作。ラバ・アメール=ザイメッシュ長編七作目。バンリューを舞台にしたギャング映画なのだが、似たような題材の『レ・ミゼラブル』『アテナ』『ディーパンの闘い』の延長線にありながら、それらよりも緩急の差を激しくしている。差が激しいというか、映画全体がほぼ"緩"に相当している。とはいえ、アレクサンダー・コモディンみたいに完全に気の抜けたジャンル解体ではなく、ちゃんと"急"に相当するパートも用意されており、そのバランスやタイミングは美しさを感じるほどだ。映画は団地に救急車が入ってくるのをベランダから寂しげに見ている男ポンスが、部屋に救急救命士を入れて亡くなった老母の遺体を運び出すというシーンで幕を開ける。彼がどうギャングと絡んでいるのかと思っていたら、実はほぼ無関係の人で、ポンスの老母の葬儀(Annkristの見事なシャンソン!)が終わるといきなり彼の隣人ベベの物語がスタートする。このベベがサウジアラビアの王子の現金を運ぶ車を襲撃する計画を立てており、地元の若者達と共に計画を実行する。運転手と同乗者をその場に降ろして車の強奪に成功するが、映画は強奪後も現場に残り、車から降ろされた二人をずっと観察している。その後もずっとこんな調子だ。ある男は高価な義手が欲しいと言い、ある青年は今度結婚するんだと報告する。そんなごく普通の日常生活が続いていく。そこに"いつかバレるんじゃないか"という緊迫感はまるでなく、本当に全員が均等に宝くじを当てた後のような、開いた扉の向こうには幸福な未来が待っているんだという感覚だ。王子も人を雇って着実にギャング団を追い詰め始め、銃撃戦にまで発展するのだが、本職俳優と素人を混ぜているせいか、敵も味方も撃たれたら"うわー(ドテッ)"みたいな感じで倒れるので銃撃戦にすら緊迫感がなくなっていた。わざとなんだとしたら、ここにまでジャンル解体の手が伸びているということか(ベベ役は俳優が演じてるので一人だけガチっぽい)。

ベベが逮捕されると、当然のように中心人物はポンスへと戻ってくる。この孤独で寡黙な男は、ベベの妻リンダが彼に面会する間に彼らの二人の子供とクレープを作っているこの男は、一体何をしようとしているのか?彼の行動はギャング団を追い詰めた調査員ジムの行動と重なっていき、両者は目線の先にいる対象に同じ結末をもたらすことになる。人のいない競馬場で自分の馬を見る王子を盗み見るポンス、クラブで躍り狂う王子を盗み見るポンス。前半では考えられなかった人物が前半では考えられなかった緊張感を以て映画を支配していた。王子(正確には誰が殺されたか分からんのだが)もまさか自分が殺されるとは思ってなかっただろうけど、それは作中のギャング団の面々も同じだった、という奇妙な反復は忘れがたい。強盗も屋台での談笑も殺人も銃撃戦も復讐も子供の世話も何もかも、淡々と冷たい事実が並んでいるかのようだ。

・作品データ

原題:Le gang des bois du temple
上映時間:116分
監督:Rabah Ameur-Zaïmeche
製作:2023年(フランス)

・評価:90点

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